仙台市若林区の診療所  やまと在宅診療所あゆみ仙台 【訪問診療・往診・予防接種】


 第265話 金子みすゞを読む
投稿:院長

大正から昭和のはじめに500編以上の童謡詩を残した金子みすゞの詩に触れる機会がありました。


当時としては珍しく、女性でありながら、自分が感じたことを独特の感性で柔らかな口語体で表現し、当時の文芸誌に掲載されました。


彼女自身は、いつかは自分の詩集を出したいと願っていたようですが、その願いが叶うことなく、昭和5年、26歳で自ら命を断つことになります。


彼女が亡くなった後、日本は戦争の道に突き進むことになり、国威を発揚し、戦意を煽るような勇猛な言葉や歌がもてはやされることになり、金子みすゞの作品は忘れ去られることになりました。


しかし、戦後、出版された文芸誌の中で彼女の作品が再び登場することになり、彼女の詩に心を動かされた人達により、死後50年を経て、ついに詩集が発行されることになりました。


彼女の詩は、戦争という困難な時代の中にも、それを読んだ人たちの心の中でずっと生き続けていたのです。そして、彼女の残した言葉は、今も多くの人の心の中で生き続けています。


特に思い出すのが、東日本大震災後にテレビで放送されていた「ACジャパン」のCMで取り上げられた詩「こだまでしょうか」です。繰り返し流された放送で今も記憶に残っている方が多いと思います。


「遊ぼう」っていうと「遊ぼう」っていう。

「ばか」っていうと「ばか」っていう。

 

「もう遊ばない」っていうと「遊ばない」っていう。

 

そうして、あとでさみしくなって、「ごめんね」っていうと「ごめんね」っていう。

 

こだまでしょうか、いいえ、誰でも。

 

CMの最後にテロップが流され、「やさしく話しかければ、やさしく相手も答えてくれる」で締めくくられます。

 

こだまは、自分が発した言葉が反響して戻ってくることを指しますが、それは人間同士にも当てはまり、何気ない一言であっても、人はそれによって傷ついたり、癒やされたりする。そして、その反応は自分にも帰ってくることになります。

 

現実の世界では、人間関係はうまくいかないことも多いけれども、人と人とが通じあえるようになりたい、という詩に込められた彼女の思いは、コロナの流行、国同士の対立や戦争という困難な現代にも通じるものがあります。

 

そして、「私と小鳥と鈴と」も彼女の代表的な作品で、小学校の教科書でも取り上げられて知っている方も多いでしょう。

私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地面を速く走れない。

私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のように、
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。

人だけでなく、この世のものには、すべて何かの価値があり、自分は自分以外の人やものによって存在している。そして、その全てが尊いものであるという彼女の優しさに包まれた詩です。

そして、個人的に好きな詩は「さびしいとき」です。

私がさびしいときに よその人は知らないの。

私がさびしいときに お友だちは笑うの。

私がさびしいときに お母さんはやさしいの。

私がさびしいときに 仏さまはさびしいの。 

基本的に人は孤独で、さびしいと感じるときには、それに気づいてくれたごく親しい人にしか伝わらないけれども、それでも十分でないかもしれない。人にはお釈迦様のような目に見えない慈悲深い大きな存在が自分を見守ってくれていて、自分の苦悩を感じて一緒に寄り添って悲しんでくれていると彼女は考えていたのかもしれません。仏教のことはよく知らなくても、自分の心の中のお釈迦様の存在を考えられたら、もっと人は楽に生きることができるかもしれません。

私自身、1月の体調不良のときは、手を差し伸べてくれたすべての人がお釈迦様のように感じられたものです(笑)。

皆さんも金子みすゞの詩集を読んで、自分のお気に入りの言葉を発見してみてください。


2022年2月28日(月)

 第264話 コロナワクチン接種
投稿:院長

2月に入り、当院でもコロナワクチン3回目の接種が始まりました。


自宅や施設を巡回して接種するので、大規模接種会場と違い、1日で接種できる人数が限られているのですが、コロナ感染症患者が増える中、一般診療と両立しながら早く接種してほしいという要望にどう応えていくか頭を悩ませています。


昨年の1〜2回目の接種は、ほぼ全て土曜日に巡回して行ったのですが、3回目の今回は、接種希望患者がかなり増加し、曜日ごとに診療地域が決まっている患者さんの中で接種券が確認できる方、重症化リスクの高い方、デーサービスなどで外部との交流がある方など、いろいろな要素を考慮に入れて接種するようにしています。


また、老人施設では、施設担当者が患者さんや家族の要望を聞き、早々とすべての患者さんの接種券を取り寄せ、予診票の記入や、接種リストの作成まで速やかにやってくださるところがある一方で、なかなか接種希望者や接種券の確認作業が進まず、当院で患者さんやご家族に直接確認をしなければいけないところもあったりで、対応に差があるのも事実です。


どのような施設であっても、患者さんを自施設に入所させている以上、患者さんの健康管理を一方的に医療機関に委ねてしまうのではなく、患者さんの大切な生活や健康を自分達が預かっているという意識を強く持っていただきたいと思います。


「準備は整っているので、いつになったらワクチンを打ってもらえますか?」

「準備は整っているので、早く接種をお願いします!」


という声(圧力?)が私達を動かすのです。


皆で、コロナ感染症を乗り越えていきましょう!


2022年2月24日(木)

 第263話 人生で輝いていた日
投稿:院長

100歳になったばかりの患者さんを訪問した時のことです。


いつも、「この歳まで生きてしまって皆に迷惑をかけています」と謙遜しておっしゃるのですが、戦争で亡くなられた自身の夫や兄の話題になった時、とても優しくて自分のことを大切にしてくれた夫や兄の思い出について目を輝かせて嬉しそうに話してくださいました。


自室には、ご家族の写真が飾られていますが、患者さんにやさしく微笑みかけてくれているようでした。


「あの時が一番幸せでした」


患者さんのその言葉がとても印象的でした。


今、冬季オリンピックが開催されていますが、選手にとって最高の晴れ舞台です。


オリンピックの出場は、本人の努力はもちろんですが、周囲のサポートなしではとても実現できることではありません。


選手の皆さんが、後で人生を振り返った時、「あの時はとても輝いていて幸せだった」と感じられるよう、精一杯自分の力を発揮してほしいと思います。


私自身の過去を振り返ってみた時、自分が幸せだったと思える瞬間はいくつかあります。


中でも「大学に合格して両親にとても喜んでもらった時(合格したことよりも嬉しかった記憶があります)、「子供の出産に立ち会いこの手に我が子を抱いた時」、「地道な練習の末に参加基準タイムをクリアして出場した憧れのマラソン大会で自分の持てる力を最大限に発揮して完走できた時」、「このクリニックを開業して初めて患者さんのご家族から診察の依頼を受けた時」です。


今月26日に、別府大分毎日マラソンのテレビ中継を観戦しましたが、40代の後半に、かつて自分が走った大会がとても懐かしく、力走している選手の皆さんがとても輝いて見えました。


今は、後から振り返った時に、「訪問診療に携わって本当に良かった」と思える時間を作っていきたいと考えています。


2022年2月17日(木)

 第262話 自分を診る
投稿:院長

医者の不養生と言いますか、年末にかけて非常に多くの患者さんの紹介をいただき、かつてない深夜業務が連続した結果、今まで経験したことのない睡眠障害に陥り、今年に入ってから体調を崩しながらなんとか仕事をしてきました。


このような場合、基本に立ち返り、今まで患者さんに指導していた内容を自分にも応用し、睡眠に悪影響を及ぼす要因をすべて排除するようまずは生活のリズムを整えること、専門医と相談しながら自分に合う薬剤を試してみること(自分の要望も取り入れてもらったので大変助かりました)、日中の診療や夜間に待機業務をしてくださる質の良いドクターを充実させること、患者さんのご家族や各施設に協力を求め、終末期の患者さんが深夜帯に呼吸停止した場合(もちろん緩和治療を施し苦痛なく過ごせている場合となります)はお看取りの時間を朝まで待ってもらうなどして対応しました。


特に、薬物治療は、効果や副反応の出方に個人差があるので、どの薬剤が自分に一番合っているのか試行錯誤の連続で苦労しましたが、その結果、2月に入ってから1ヶ月ぶりに自然に眠ることができるようになり、日中は今まで通り、エネルギッシュに仕事をすることができるまでになりました。


今回の経験を通して、普段、当たり前だと思っていることの大切さや自分の身体の変化に耳を傾ける(自分を診る)ことの大切さを痛感いたしました。また、この仕事を続けていくには様々な方の協力なしではありえないことを改めて感じています。


様々な面で配慮してくださった患者さんやご家族、訪問看護ステーションを始めとする関係者の皆様、とても質の良いドクターを紹介してくださった方々、快く業務に入ってくださったドクターの皆様には、この場を借りて厚く御礼申し上げます。


しかし、私自身ピンチをチャンスに変えるという言葉が大好きですが、私の在宅医療に対するモチベーションは全く落ちておらず、転んでも(眠れるようになっても)たたでは起きません。今回の経験を糧にして、少しでも地域のニーズに応えられるようクリニックの運営体制を安定させるべく着々と手続きを踏んでいるところです。


また、しばらく診療日誌の更新が途絶えてしまいましたが、これも、自分の体調が芳しくないとなかなかできるものではないと強く感じました(笑)。


今後は、まめに診療日誌が更新できるよう体調管理をしながら情報を発信していきます。どうぞよろしくお願いいいたします。


2022年2月11日(金)

 第261話 食育
投稿:院長

患者さんの中には、在宅診療を受けるまで、それぞれの病気のために食事を制限している方が少なくありません。


ある患者さんは、腸の病気のために、しばらく米飯を我慢してきました。


病気が悪化することを懸念して、周囲も食べさせることに慎重でした。


しかし、限られた時間の中で「本人の願いを叶えさせたい」という思いでそれを許可することにしました。


そして、その1週間後に訪問すると、患者さんの表情が今までとは見違えるように生き生きとしており、患者さんにとって炊きたてのご飯(しかも銘柄はコシヒカリでした)の持つ意味を深く感じることになりました。


ちなみに、私が今まで一番美味しいと感じた米飯は、栗原市のマラソン会場で参加者に配られていたササニシキのおにぎりです。


こうして、新潟出身の私と宮城県在住の患者さんとの間で、コシヒカリとササニシキのエール交換ができました。


別な患者さんは、肺や心臓の病気のため、体に負担がかからないよう余分な塩分を制限してきました。


しかし、利尿剤による治療が奏効し、むくみや息切れが改善した頃、患者さんから質問を受けました。


「スルメイカを食べても良いですか?」


今まで数多くの食べ物のリクエストを受けてきましたが、スルメイカは初めてです(笑)。


スルメイカと聞いて、子供の頃、家族で茶の間のテーブルを囲んでスルメイカをむしゃむしゃ食べていた頃の懐かしい記憶が蘇ってきました。


私は、今までの患者さんの苦労や我慢に報いるつもりで即座に許可の返事をしたところ、むくみが取れてくしゃくしゃになった顔がさらにくしゃくしゃになるくらい満面の笑みが返ってきました。


次の診察では「スルメイカを楽しめましたか?」と逆に質問してみるつもりです。


「食育」といいますが、これは、「食事の重要性と楽しさを理解し、健全な食生活を実践できる人間を育てる」という意味で、主に子供に対して用いられる言葉です。


しかし、「生きる力を与えてくれる食事の重要性」も在宅医療の文化として育んでいきたいと思っています。

 


2022年1月25日(火)

 第260話 最悪から最良へ
投稿:院長

先日の診療での出来事です。


途中で尿意を催したため、最寄りのコンビニエンスストアに立ち寄って用足しをすることにしました。


その日は、診療が立て込んでおり、次の訪問先に遅れてはいけないという意識の中、トイレに掛け込みました。


必要な時にすぐに診療道具やボールペンや手帳が取り出せるように、いつもウエストポーチを携帯しているのですが、その日のウエストポーチには、クレジットカード、キャッシュカード、免許証、保険証など貴重品が含まれた財布が入っていました。


こうして、すっきりと用足しを済まして、意気揚々と次の診療先に向かって診察を始めました。


ところが、診療中に携帯しているはずのウエストポーチがないことに気付きました。


「きっと、コンビニのトイレに置き忘れたに違いない・・・最悪だ〜・・・」


そう感じて、診察が終了してから祈るようにコンビニに向かって確認したのですが、ウエストポーチはトイレにはありませんでした。


そこで、落胆しながら恐る恐るコンビニの店員さんに聞いてみると、「あっ、それならお客さんが届けてくれていますよ!」と返事があり、届けられていたウエストポーチを確認してみると自分のものであることがわかりました。


こうして、自分の人生の中でも、「最悪の日」になりかけたのですが、大逆転で「最良の日」の一つになりました。


「銀行からお金を引き出す暇がなくて、財布に51円しか入っていなかったのが良かったのかも・・・」


過去を振り返ってみても、富士山の五合目や空港のロビーにスマートフォンを置き忘れた時も、旅行先でお土産を飲食店に置き忘れた時も、免許証を通勤路に落とした時も、クレジットカードを駐車場に落とした時も、遺失物として届け出てくれた人や関係者のお陰ですべて自分の手元に戻ってきているのです。


日本の治安の良さと言いいますか、日本人の民度の高さには、何度も救われており、日本に生まれて良かったとつくづく感じています。


こんなハラハラドキドキの最良は、今回を最後にしたいものですが、まずは、患者さん宅に診察道具を忘れないように注意しなくてはいけません(これも返還率100%)。


皆さんにも、良いことがありますように。


2022年1月15日(土)

 第259話 守備力
投稿:院長

明けましておめでとうございます。


お正月は、待機をしながら恒例の箱根駅伝をテレビ観戦しました。

今年は青山学院大学がとても強かったですね。


何がすごいかというと・・・


1)他の大学は、区間によって走りにばらつきが見られて目まぐるしく順位が変わったのですが、青山学院は先頭にたってからも走りが安定していたこと。


2)自分の持ちタイム(もともとの実力)通りに走れないランナーも多かったのですが、青山学院の選手は皆、ほぼ実力通り(中には実力以上)の走りをしたこと。


3)9区までに後続とは差がつき、この時点で優勝が決定的だったにもかかわらず、そこからも守勢に回らずに攻めの走りを続けた結果、9区、10区の選手が区間新記録を打ち立てたことです。


それには、選手の日頃の練習や実力はもちろんですが、やっぱり原晋監督の手腕というものが大きく、積極的にマスコミを使って選手を鼓舞してやる気にさせること、実力だけでなく伸びしろのある高校生をスカウトすること、厳しさと選手の自主性を両立すること、選手が実力を発揮できる環境(雰囲気)を作ること、選手にとって最も実力が発揮しやすい区間に配置すること、今までの常識にとらわれず常に最先端の知見を取り入れようとする柔軟な発想を持っていること、精神論と科学的トレーニングを調和させること・・・などなど、駅伝だけでなく、他のスポーツや学校での指導、会社やクリニックの運営にも応用できるのではないかと思います。


しかし、在宅医療では危険性を背負って「攻めること」は少なく、できるだけ危険を回避しながら「守ること」を優先することが圧倒的に多いことも事実です。


それは、患者さんの尊厳、価値観、生きがい、生活、健康、家族関係、プライバシー、医療安全、他の職種や事業所との信頼関係、クリニック内の規律や人間関係、職員の業務環境やモチベーション、クリニックの業績、年々初老が忍び寄ってきた院長の健康・・・などキリがありません。


ということで、今年の私自身の抱負は「守備力」をより一層意識しながら、情熱を持って仕事を続けることです。どうぞよろしくお願いいたします。

 


2022年1月6日(木)

 第258話 人生を奏でる
投稿:院長

ショパン国際ピアノコンクールで日本人最高位の2位になった反田恭平さんの演奏を録画で聴く機会がありました。


人間業とは思えない指の動き、そこから奏でられる激しく、時には優しいピアノの美しい音色に感動してしまいました。


このコンクールは、ショパンの郷里であるポーランドのワルシャワで5年に1回開催されます。


一般的にピアノコンクールは、様々な楽曲でピアノの演奏技術を競うものと考えられがちですが、このコンクールはショパンの曲だけを扱い、出場者が彼の残した数多くの曲をどのように組み合わせて演奏するのか、つまりショパンという人物をどう表現するのか重要な評価項目となるそうです。


そのために、出場者にはショパンが波乱に満ちた39歳の生涯をどのように生きたのか、それぞれの曲にどのような背景があり、ショパンがどのような思いで作曲したのか、深い理解と表現力が求められるのです。


反田さんはこのコンクール出場のためにポーランドに留学し、ショパンが生きた町の風景や人々の暮らし、文化や伝統に触れ、ショパンが残した数々の手紙を読み込んで、ショパンが辿った人生や音楽にひたすら向き合ったのです。


明けても暮れてもショパンのことに思いを寄せ続け、心も体も「ショパンマニア」にならないとコンクールを勝ち抜くことはおろか出場することさえ叶わないとても奥深い世界だと思いました。


ある日の診療で、診療アシスタントがタブレット端末の電子カルテに文字を入力する作業を見る機会がありました。その素早い指の動きは見事で、ピアニストを連想させました。往診車中の会話です。


私「指の動きがピアニストみたいだね。ピアノを弾けるでしょ?」


診療アシスタント「えっ?ピアノは全然弾けません」


私「練習すれば絶対に弾けるようになるから、今度皆の前で演奏してみてよ」


いつか、あゆみホームクリニックピアノ演奏会が開催されるのを心待ちにしています。


指の動きではとても敵いませんが、私もショパンに思いを寄せてピアノを弾く反田恭平さんになったつもりで、それぞれの患者さんの人生に思いを寄せながら電子カルテを“奏でたい”と思います。


2021年12月29日(水)

 第257話 バロメーター
投稿:院長

多くの高齢患者さんを診察して感じることは、年令を重ねて体が不自由になってくると足の爪の手入れが不十分になり、単に爪が伸びるだけでなく、変形したり、白癬症(いわゆる水虫)のために爪が肥厚したりする方がとても多いことです。


そしてその原因は、認知症が進み爪に対して無関心になってしまうこと、視力が低下し足の先端までよく見えなくなってしまうこと、柔軟性が乏しくなったり身体の変形や痛みで足の先まで手が届かなくなってしまうこと、手の細かい作業が困難になり道具を器用に扱えなってしまうこと、などいろいろ考えられます。


したがって、足の爪に対するセルフケアは、爪の状態を鮮明にとらえることができる視力、爪の状態を感知し爪のケアを行うよう司令を出す脳、脳からの司令を伝達する脊髄神経や末梢神経、神経の司令に従って作用する筋肉、筋肉の作用に従って動く関節が関係し、いずれの場所に不具合があっても適切に行うことが不可能になるため高齢者の身体機能の総合力を表すバロメーターの一つと言えるのです。


足のちょっとした皮膚の感染症は、時には血行障害を引き起こして壊死など重大な結果を招いたりするので、診療では、患者さんの爪を含む足の清潔状態、保湿状態、色調の変化や痛みの有無を観察し、なぜ足のセルフケアが不十分になってしまうのかその原因を探りながら、必要な処置を施すように心がけています。


一方、私はどうかというと、12月に入ってから診療はもちろん、インフルエンワクチン接種、指示書の作成、介護認定の主治医意見書の作成、診断書の作成、診療情報提供書の作成、レセプト点検(健康保険に関係する医療費の請求書)、職員の給与計算と振り込み、賞与計算と振り込み、職員の年末調整の書類整理、経理に関する書類の整理、リクルート・・・と次から次へと業務に追われ、自分の爪切りはおろか散髪もおろそかになって、髪の毛がすっかり伸び放題になってしまいました(先週ようやく時間を見つけて散髪できました)。


したがって、私の場合、「髪の毛の長さ」は自分の余力を表すバロメーター(髪の毛が長いほど余力が乏しくなっている)と言えるでしょう。


ところが、50歳を過ぎてから次第に薄毛が目立つようになり、「髪の毛の密度」は自分の老化現象を表すバロメーターの一つにもなっています。


ということで、今後は、髪がまばらな頭皮から懸命に伸びてきてくれた髪の毛を切るのはもったいなく、後ろ髪を引かれる思いで散髪することになるのでしょう。


忙しくても一向に伸びてこない髪の毛にならないよう祈るばかりです・・・。


2021年12月20日(月)

 第256話 今年を表す漢字
投稿:院長

ある医師専用サイトで、医師が選ぶ今年を表す漢字のアンケート結果が載っていました。

 

それによると、1位」、2位「輪」、3位「耐」、4位「忍」、5位「乱」でした。


コロナ感染症との闘いが続き、ネガティブな意味を持つ漢字が多かったのですが、それでもオリンピックが開催されたり、困難な中にも人の結びつきを実感できたりしたことで、2位に「輪」がランクインしていました。


一方、私個人でいうと、「密」です。


えっ、と思う方がいると思いますが、5月に開業してクリニックの診療圏に密着して仕事を続けた結果、仙台を離れることがなくなったこと、連携する他の事業所の方々とより密接な関係を築くことができたのがその理由です。


そんな中、コロナ感染症の新規患者数が少し落ち着いてきて、先日、待機業務を他の医師に依頼して、自家用車で久しぶりに新潟の実家に帰省しました。


築100年以上の実家の温もり、おふくろの味を堪能し、感染対策を行いながらも母と親密な時間を過ごすことができました。


困難な中にも、今年は人生のターニングポイントになる年として、自分にとって密度の濃い有意義な1年でした。


来年度はさらに飛躍できるよう、綿密な計画を立ててクリニックを運営していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。


2021年12月13日(月)

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