仙台市若林区の診療所  やまと在宅診療所あゆみ仙台 【訪問診療・往診・予防接種】


 第381話 優雅に
投稿:院長

80代の女性Tさんは、がんのため療養中で、娘さんと二人暮らしをされています。

Tさんは、優しく、明るく、とても朗らかな方で、くりくりした少女のような眼を輝かせながら診察に応じてくれます。


そんなTさんですが、どうしてもやめられないことがあります。


それは、「人生最後のささやかな楽しみ」というタバコです。

昔に比べればだいぶ本数は減ったようですが、今も5本ほどのタバコを欠かしません。


病院では健康に悪いと考えられるものは禁止されることが多いと思いますが、Tさんの眼を見ると、不思議なことにやめてほしいとは言えなくなるのです。


Tさんは長い間、現在の自宅で過ごされていますが、部屋の中は全くタバコのにおいがしません。それは、室内では絶対に吸わないからです。娘さんにいつも感謝の気持ちを忘れずに、暑い日も寒い日もTさんなりにマナーを守っているのです。


ある日の診療でTさんの自宅にうかがった時、自宅に横付けした往診車から、Tさんが玄関から出て外を眺めながらタバコを吸っているのが見えました。

どうやら、私たちの到着に待ちくたびれて吸い始めたようなのです。


その表情やしぐさが何と言っていいのかゆったりとして優雅なこと!


あまりに印象的だったので、スタッフがその様子をタブレットでそっと隠し撮りすることになりました。


Tさんに声をかけて、自宅に入って診察を始めた時、Tさんにその写真を見せたところ、とても気に入ってくれました。そして次回の診察で写真を現像してプレゼントすることになりました。


そして、「こんなに優雅にタバコを吸っている人をいまだに見たことがありません!」と伝えたら、少女のような眼を一段と輝かせてぱ〜っと笑顔が広がったのでした。

そして、その表情を見た私は、益々タバコをやめましょうと言えなくなったのでした。


Tさんのいない所に煙は立たぬ」(煙はTさんが元気でいる証)がこれからもずっとずっと続いてほしいと願わずにはいられません。


2025年6月19日(木)

 第380話 変身
投稿:院長

80代のHさんは、よく気が付くしっかり者の奥さんと二人暮らしです。奥さんは、健康管理でことあるごとにHさんには厳しく接しているようです。


ある日、診察にうかがった時、別室で看護師と奥さんが話し合っている間に、Hさんと私の二人きりで話をする機会がありました。


私「奥さんは明るくてしっかりしていて、一緒にいると安心ですね」

Hさん「明るいというか、口うるさくね、大変です」

私「口うるさいのは、Hさんのことを心から心配しているからですよ。私にはわかります」

Hさん「えっ、そうなんですか?」

私「こんな伴侶がいる男性は長生きするんですよ」

H「ええ〜?一人でのんびりするほうが長生きすると思っていました」

私「特に男性は歳を取ると生活力がなくなってきますから、生活力を与えてくれる人が必要なのです。いろいろとよく気が付いて注意してくれる人がいるほうが早めに手当てできるんですよ」

Hさん「私、家事は苦手ですからね」

Hさん「Hさんは、ほっておくと酒は飲むし、栄養のバランスを無視した食事はするし、適度に体を動かそうとしないし、奥さんがいなければとっくにこの世にはいません(笑)」


Hさんの笑いを取ろうとした私のこの言葉に、Hさんは目を腫らして、まさかの感激の涙を流し始めました。


私「Hさんは、夫想いのいい奥さんと結婚しましたね」

Hさん「はい、これからは、妻の言うことに感謝して従っていきます」


Hさんは、よき伴侶に恵まれたことを改めて実感したようで、一時(いっとき)?の和やかな時間を過ごされました。


これからは奥さんの小言がきっと金言に感じられることでしょう。

そして、奥さんからのムチのような厳しい言葉の連続に快感さえ感じられるようになり、いつか、「M男」さんに変身する日が来るのかもしれませんね。


2025年6月9日(月)

 第380話 悠々自適
投稿:院長

診療所には複数の医師が在籍しているので、患者さんの中には、他の医師が継続的に診察している場合、私自身がしばらくお会いしていない方がいます。


先日、昨年以来、久しぶりに診療した70代のNさんもその一人でした。


部屋に入ってNさんを一目見たとき、私が記憶していたNさんとは別人になっていることに驚きました。


昨年は、だるくて食欲がなく、自宅に閉じこもってばかりで元気がなかったのですが、その日のNさんは、どことなく余裕があり、柔和で、ゆったりとした表情に変わっているではありませんか!


よく話を聞けば、いろいろと身体の衰えを自覚しながらも、それにとらわれ過ぎず、深刻に考え過ぎず、慌てず騒がず、平常心を保ち、心が整っているのです。


今は、天気が良ければ近所の公園までゆっくりと散歩をしたり、奥さんの運転でドライブしたり、買いものをしたり、雨が降れば自宅でゆったりと外の景色を楽しんだり、奥さんの手料理やスイーツを楽しんだり、好きなテレビ番組を観たり、のんびりとした生活を送っています。


私はそんなNさんに、「心に余裕を持ち、世の中の面倒なことから離れて静かにゆったりと過ごす。まさに悠々自適(ゆうゆうじてき)という言葉がぴったりですね!」と声を掛けました。


この言葉に、ソファーで足を組んでゆったりと座っていたNさんは、高倉健のような優しい笑みを浮かべて“微笑み返し”をして下さいました(ちなみに、足を組んで座っている高齢者は心に余裕がある人という私なりの法則があります)。


昨年は、自宅で横になってばかりいたNさんですが、今の生活は、明るくいつもにこにこと接してくれる年下の奥さんの支えなしではありえなかったでしょう。そして、この悠々自適な生活は、そんな家庭を築いたNさんへのご褒美だったのですね。


昔は、釣りによく出かけていたそうですが、釣り上げた一番の大物は奥さんだったのでしょうね。


この日を境に、私も歳をとったら、Nさんのような悠々自適が目標になりました!


2025年5月31日(土)

 第379話 悔しい〜!
投稿:院長

ある患者さんを診察した時のことです。


この患者さんは、お尻の褥瘡(じょくそう=床ずれのことです)がここ数年来慢性化してなかなか改善できずにいました。


その日の診察では、別組織に所属する皮膚・排泄ケア専門の看護師が診療に同席して一緒に処置していました。そこで、褥瘡がなかなか改善しないことに対してこの看護師から発せられた言葉がとても印象に残りました。それは「悔しい〜!」です。


もちろん、褥瘡には様々な発生要因があり、あっという間に悪化するのに、完治するまでその何十倍、何百倍もの労力と時間を要するので、この看護師さん一人だけの責任ではありません。


私自身、思惑通りに症状が改善しない患者さんを目の前にして「悔しい」という感情を意識したことがなく、この言葉に自分にはない何か新鮮なものを感じることができました。


心理学では、悔しさを、「自己能力に対する不満」、「潜在能力への期待」、そして「未達成目標に対する情熱」と捉えることができるそうです。


最近では、悔しいという気持ちを、他人を恨んだり、いやがらせしたり、復讐することで晴らそうとする風潮が見受けられるように思いますが、本来はこの悔しさを自分に向けて、次の行動を起こすためのエネルギーやモチベーションにするものではないかと思いますし、そちらのほうがはるかに健全です。


世界各国で起こる紛争なども、悔しいという気持ちが他人に向かった結果なのかもしれません。


一方、私がこの看護師の悔しいという言葉に新鮮さを感じたのは、この看護師のプロフェッショナルな精神や治療への情熱を感じたからに他なりません。

 

そういえば、私が日常生活の中で私が悔しいと思ったのは、過去には、練習を積み重ねたのに目標としていたマラソン大会で思うような結果が出せなかった時や、現在では、今私が凝っているプラモデルの制作がなかなか上手くいかない時ですね。


悔しいと感じたら、自分には情熱がまだ失われていないとポジティブに考えて、そこであきらめずに努力を続けていけば、その先に何かハッピーなことが待っているのかもしれません。悔しいと思う感情を上手に利用することで、人や専門職として成長するチャンスが生まれるのです。


私自身は、この先も医者として成長したいと考えているので、当面は、「診療の場面で悔しいという感情を持つという概念が自分には欠けていたことが悔しい〜!」と思うことにしたいと思います。


2025年5月20日(火)

 第378話 誕生日とあんぱん
投稿:院長

51日で、あゆみホームクリニックとして保険医療機関として開院してから4周年を迎えました。


そして、今月は私の誕生月でもあります。


先日、訪問を終えて診療所で仕事をしていると、突然、職員がハッピーバースデーを歌いだし、ろうそくを並べたデコレーションケーキを持ちだしてお祝いをしてくれました。感謝感激。


私は、「あゆみ」を、さまざまな感情を持って成長していく人のような存在と感じており、「あゆみ」がこの先、生き生きと成長していくには、職員がやりがいを持って楽しく働くことができる職場環境が欠かせません。


ということで、私は「あゆみ」の育ての親のような気分になっており、愛情をもって育てていきたいです。


話は変わりますが、今、NHKの朝の連続テレビ小説では、漫画アンパンマンを生んだ作者のやなせたかしとその妻・のぶの絆を描いたドラマ「あんぱん」が放送されています。


主人公の一人、北村匠海さん演じる柳井(やないたかし)は、子供の頃に父が亡くなり、母が別な家に嫁ぐことになり、父の兄である竹野内豊さん演じる柳井寛の家に引き取られることになります。


寛は高知でなんと柳井医院の院長として地域医療にあたっていたのですね。


「あんぱん」での寛の役柄は「どんな時もとのぶの二人を励まし続け、生きる道しるべを示す」とあるように、ドラマの中で寛は、不器用でもがきながらもまっすぐに成長していく青年・嵩をまるで実の子供のように接する様子がドラマで描かれています。その言葉がとても優しさと温かさと包容力に溢れていることか!


高知第一高等学校の受験に失敗して途方に暮れるには、「泣いても笑うても日はまた昇る。嵩、絶望の隣はにゃ希望じゃ」といつでも寄り添おうとする姿が描かれました。


浪人して受験した東京高等芸術学校に合格したに対して、「なんのために生まれて、なんのために生きるか。それは人を喜ばせることや。人生は喜ばせごっこや」と嵩に生きる意味について語りかけながら自分のことのように喜ぶ姿が描かれました。


そういえば、アンパンマンの主題歌アンパンマンのマーチの歌詞にはこうあります。


そうだ うれしいんだ 生きる よろこび♪

たとえ 胸の傷がいたんでも

 

なんのために 生まれて なにをして 生きるのか♪

こたえられない なんて そんなのは いやだ♪

 

今を 生きる ことで 熱いこころ 燃える♪

だから 君は いくんだ ほほえんで♪ 

 

そうだ うれしいんだ 生きる よろこび♪

たとえ 胸の傷がいたんでも♪

ああ アンパンマン やさしい 君は♪

いけ! みんなの夢 まもるため


寛のへの思いは、崇がアンパンマンを見て楽しむであろう子供たちへの思いに通じるものがあり、この歌にあるようにアンパンマンの根底にある主題に繋がっているのですね。


平安時代に生まれた大和撫子(やまとなでしこ)とは、日本で女性に求められてきた美徳を表す言葉で、優美で知的、かつ芯の強さを兼ね備えた女性を指します。近年は女子サッカー日本代表が「なでしこジャパン」とネーミングされたこともあり、明るく快活なイメージを持つ方も増えたでしょう。そして、震災直後の2011年女子ワールドカップでの初優勝に、日本中が歓喜したのは記憶に新しいです。


「あゆみ」が将来、本当の「やまと撫子」に成長できるよう、温かく見守っていこうと思っています。そのためには、私も寛のような父になるのが目標です。


ところで、来年の誕生日のお祝いはケーキでなくあんぱん?


2025年5月12日(月)

 第377話 カッコいい
投稿:院長

今月、3年前に亡くなった患者さんの息子さんからはがきをいただきました。


息子さんは元球児で、シアトルマリナーズで活躍した大魔神こと佐々木主浩さんの高校の後輩でもあり、患者さんも高校野球や楽天イーグルスの熱烈なファンでした。


私も小学校時代は野球少年として、夏休みになると甲子園大会の第一試合から第四試合までテレビにかじりつくほどだったので(最高試合と語り継がれる1979年の箕島高校と星稜高校の伝説の18回の熱戦を観戦したのは今も私の自慢です)、患者さんのご自宅にうかがうと自然と野球の話で大変盛り上がったのを懐かしく思い出しています。


はがきには、「長嶋茂雄さんは他人の批判をしない」、「野村克也さんは礼儀作法や身だしなみがだらしない選手は試合に使わない」、「星野仙一さんは選手には厳しいが裏方さんには優しい」と書かれていました。


大選手や名監督のレベルになると、誰もが共感できる哲学や信条を持っているもので、それぞれの人柄・個性を端的に表現しており感心させられました。


私がプロ野球界で一番尊敬している人は王貞治さんです。私が小学生の頃に飼育していた手乗りインコには「貞治(さだはる)」と名前を付けるほどの大ファンで、インコに対して親しみを込めて名前を呼び捨てにしていました(笑)。

そして、父と野球観戦で初めて訪れた後楽園球場(今は東京ドームになっています)で放った豪快なホームランは今も忘れられない大切な思い出になっています。


王貞治さんといえば、読売ジャイアンツ時代の華々しい活躍ばかりに目を奪われがちですが、決して奢らず飾らず、忍耐と努力の塊のような実直な人柄で、小学生の私にはそれが何よりもカッコよかったのです。


話が変わりますが、昨年末、全国高校サッカー選手権に宮城県代表として出場した東北学院高校が1回戦で兵庫県代表の滝川二高と対戦しました。


私はこの試合をテレビで観戦していたのですが、滝川二高の応援席には「怯まず 驕らず 溌剌と」というサッカー部員の信条が書かれた横断幕が掲げられており、高校生らしい清々しい内容に「カッコいい!これだ!」と直感しました。


怯まず (ひるまず):どんな状況でも臆せず、勇気を持って挑戦する姿勢。

驕らず (おごらず):どんな結果が出ても、慢心せずに謙虚な姿勢。

溌剌と (はつらつと):元気に、活気よく、意欲的な行動。


ということで、職員が生き生きとして働く診療所を目指して、「臆することなく謙虚な気持ちを持って溌溂と行動し、忍耐・・・じゃなくて努力していこう!」と職員に呼びかけるつもりです。「○○さん、カッコいいね!」とお互いに言い合えるように。


2025年4月30日(水)

 第376話 早く退院したい理由とは?
投稿:院長

Aさんは、ちょっぴり難聴ですが、笑い声がチャーミングでとても朗らかな小柄な女性です。訪問診療では、いつもかわいいパジャマ姿で私たちを迎えて下さいます。


先日、ある病気のために入院となりましたが、結局、食べることができなくなり、高カロリー輸液の点滴を受けたまま退院となりました。


Aさんが退院した日の午後、ご自宅に訪問診療に伺ったのですが、いつものように椅子に座って大音量で音楽番組をニコニコと視聴されており、そのパジャマ姿は退院前の様子と全く変わりませんでした。


食べることができなくなり、さぞかし気落ちしているのではないかと思ったのですが、もともとAさんは、食事に対する欲求がとても少ない方で、栄養補助食品のドリンク剤を組み合わせてなんとか食生活を送っていたほどなので、気落ちしているどころか、無事に退院してほっと一安心されたようでした。


ご家族に入院中のAさんの様子をお聞きすると、症状が落ち着いてからは、一刻も早く退院したいと退院日を心待ちにしていたそうです。そして、その理由が、自宅でのあるノルマをこなすためだったのです。


そのノルマとは・・・・・「自分で予約登録したテレビの番組を観ること」だったのです!


入院当日まで録画を終えていた番組がなんと数百!にのぼっていたそうで、ため込んだ番組を観ようと気合を入れていた矢先に入院となってしまったのでした。


気持ちを入れ替え、入院中にいつもの大音量でテレビを観ようとしたところ、他の患者さんから苦情が寄せられてしまい、不完全燃焼のまま入院生活を送ることになってしまったのです。


Aさんは、とにかく歌謡番組が大好きで、退院当日に私たちが訪問した日も、昭和の懐メロが玄関先に流れてきました。


それは、まるでAさんの退院を祝うかのようでした。


高齢者では、食事以外に、心の支えになるもの、楽しく生きがいを感じられるもの、やりたいと感じられるものがとっても大切なのですね。


それでは、退院当日にAさんのご自宅で聴いた懐かしい「セーラー服と機関銃」の替え歌「パジャマ姿と予約中」をお楽しみ下さい(ブログではメロディーが流れないのが残念・・・)。


リモコンは予約の道具じゃなくて

ふたたび観るための近い約束♪♪

歌のある場所に♪♪

未練残しても♪♪

心寒いだけさ〜♪♪

このまま何時間でも♪♪

観ていていたいけど♪♪

ただこのまま何百回でも♪♪

予約したいけど〜♪♪


Aさん、この調子で年末の紅白歌合戦の予約をしてみませんか!


2025年4月21日(月)

 第375話 日本人らしさ
投稿:院長

歳を取ると、若い時にはなかったような様々な症状が出てくるようになります。


目がかすむ、関節が痛い、腰が痛い、足がしびれる、眠れない、手が震える、耳が聞こえない、耳鳴りがする、尿が漏れる、夜間に何回もトイレに起きる・・・など数えたらきりがありません。


症状が和らぐように工夫を凝らしますが、なかなか全てを解決することは難しく、上手に付き合っていかなくてはいけない場合が少なくありません。


80代の女性Mさんもそんな一人で、長年自由が利かない自分の身体と付き合ってきましたが、どことなくユーモアのある方です。


ある日の診察で私がMさんに労いの言葉をかけたときのことです。


私「Mさんは、いつも頑張っていらっしゃいますね」

Mさん「私は、これ以上頑張りたくありません」

私(思案しながら)「Mさんは、いつも努力をしていらっしゃいますね」

Mさん「私は、努力は嫌いです」

私(思案しながら)「それでは・・・いろいろ大変なことがあったと思いますが、長い間、日本人らしく自分の体調と謙虚に向き合ってきたんですね。ご苦労様です」

Mさん「どれはどうもありがとう」

私(内心ホッとしながら)「日本人は嫌いと言われなくて良かった〜」


Mさんとのやり取りは、いつもこんな調子で、どんな声掛けをしたら良いのか医者としての技量が試されます。


一般的に、日本人らしさとは、「まじめである」、「勤勉である」「秩序を好む」、「和を重んじる」、「礼儀正しい」、「情を重んじる」、「思いやりがある」、「誠実である」、「謙虚である」、「おもてなしの心がある」などがあげられると思いますが(過去には日本人らしさが失われ、進むべき道を誤った歴史もありますが・・・)、少なくとも私は、両親のもとで日本人に生まれ育ったことを誇りに感じているので、日本人らしいと感じる多くの患者さんには、素直な気持ちで「日本人らしいですね!」と声掛けしてみようかと思っています。


これから時代が変わり日本人らしさの定義も価値観も次第に変化するのかもしれませんが、先人から受け継がれてきた日本人としての美徳が失われたりしないことを祈るばかりです。


ちなみに、あるアンケートで、日本人で良かったと思える理由の1位は、高齢者が「四季の移り変わりがあること」で、若者が「食事がおいしいこと」だそうです。


高齢者は自然を楽しみ、若者は食を楽しむというわけです。


将来、若者が高齢者になる頃には、「日本人らしく食通ですね!」と声掛けすることが多くなるのかもしれませんね。


2025年4月12日(土)

 第374話 別れの季節2
投稿:院長

ある日、Sさんのご自宅を訪問した時のことです。


Sさんは庭に犬を飼育されており、私たちが訪問すると吠えてくるので、いつも忍び足で玄関に出入りするようにしていました。ところが、どんなに気配を消そうとしても必ず吠えられるので、犬を苦手にしている職員はSさんのご自宅を訪問できずにいるほどでした。


実はこの犬、今年で17歳(人間に例えるなら76歳)になる老犬で、白内障で目は白く濁り、声はしわがれて力がなくなってきており、老衰が徐々に忍び寄っていたようでした。


つい2週間前に訪問した時には、私たちの存在に気付くのが遅れたのですが、Sさんに「怪しい人物が侵入してきている」ことを教えるため精一杯吠えてきたので、番犬としての役割を必死に果たそうとしているのだと感じました。


ところがこの日は、いつものように吠えてこないので、犬小屋をこっそりと覗いてみると犬はそこにはいませんでした。


Sさんに事情をお聞きすると、今月、食事が喉を通らなくなり亡くなってしまったとのことでした。Sさんにとって赤ちゃんの頃から大事に育ててきた家族のような存在で、犬との出会いから亡くなるまでの思い出を涙ながらに語ってくださいました。


高齢者を数多く診察している私は、この老犬に愛着を感じていたので、主のいなくなった犬小屋を見て寂しさが込み上げてきました。


アニメのルパン三世と銭形警部は、泥棒とそれを追う警察という宿敵同士なのですが、ルパン三世は銭形警部を「とっつぁん」と呼んでいたように、互いに親近感や尊敬の念を抱くような宿敵を超えた関係だったように思います。


ということで、私にとってこの犬は、いつの間にか銭形警部のようなちょっと厄介ではあるけれど愛さずにはいられない存在になっていました。そして、Sさんのご自宅が仙台第一高校(通称、仙台一高)の近くにあることから、私は親しみを込めて“忠犬イチ公”と勝手に呼んでいました。


ルパン三世シリーズの不朽の名作「カリオストロの城」では、ある公国の姫(クラリス)を闇の世界から救出し、彼女の人生に光を与えたルパン三世との絆が描かれますが、アニメの最後で逃亡するルパンを追いかけながら、銭形警部がクラリスに話しかけた言葉が今も心に残っています。


「ヤツはとんでもないものを盗んでいきました……あなたの心です」


なんて素敵な言葉なのでしょう!


これからも、イチ公が忠誠を誓っていたSさんの“信頼を盗むような診療を心がけていきたいです。


2025年3月31日(月)

 第373話 白菊
投稿:院長

今回は、今は亡きTさんの思い出について振り返りたいと思います。


Tさんは、がんの転移が判明して以降、徐々に体力が低下してく中でもそれを受け入れ、最期まで自分の意思を貫き通した方です。


Hさんの願いは、今までの人生でもそうであったように、少しでも社会に貢献することです。


Tさんは、東北大学の「白菊会」の会員です。白菊会とは、自分が亡くなった後に学生の解剖実習として献体を希望する一般の方々で構成されています。解剖とはその名の通り、学生が亡くなった方の体にメスを入れて、人体の組織の成り立ちについて詳細に観察する実習で、医学生の教育カリキュラムではなくてはならない実習になっています。


ある日、Tさんは私に問いかけました。


Tさん「私のような体を献体しても皆さんのお役に立てるものでしょうか?」

私「もちろんです。病気を持っていた方の場合、それが身体にどのような影響を与えていたのか詳細を確認することができます。Hさんのような尊い意志のある方が医学生の教育が支えているのです。役に立つどころか、私たち医療にかかわる人間はTさんの志に感謝しなくてはいけません」


それを聞いたTさんは安堵したようににっこりと微笑まれ、「それはとてもよかったです」と返答されました


それ以降、Tさんは亡くなった後も社会に貢献できるという希望を心の支えにして精一杯自分の人生を生き抜きました。


Tさんをお看取りする際に奥さんから相談がありました。


それは、親族が献体に反対しているというものです。献体すると十分なお別れができないままご遺体が大学に引き取られ、数年間は家族のもとに戻らず、きちんと供養ができないというのがその理由でした。


私は、親族の方々にTさんが社会に貢献したいという強い遺志と、それを心の支えにここまで過ごしてきたことをお伝えし、大学への引き取りを数日間待っていただいて、最後は献体の了解をいただきました。


奥さんから感謝の言葉をいただいた時には、Tさんの最後の希望が叶えられようとしていることに安堵しました。


先日、東北大学医学部の学生が、当院で実習をした時のことです。


この日は、白菊会の会員であるOさんのご自宅を一緒の訪問することになりました。


学生は、Oさんが一人暮らしで体が不自由になりながらも、明るい表情で生活していることに感銘を受けたようでした。そして、これから医師になろうとする医学生の学業が、Oさんのような方々に支えられていることに対して学生と一緒にOさんに感謝の言葉を伝えました。


その言葉を聞いたOさんは、少しはにかみながらとても嬉しそうでした。その表情にあの時のTさんの表情が重なりました。


私が知っている白菊会の会員の方々は、たとえ幾多の苦難があっても悲壮感のようなものを表に出さず、一様に穏やかで爽やかな雰囲気を醸し出している理由がなんとなくわかった気がしました。


私の故郷、長岡市で8月に開催される長岡花火の冒頭に、戦争や震災でお亡くなりになった方々への慰霊の気持ちを込めて、3発の純白な大輪の尺玉花火「白菊」が打ち上げられます。


それは、Tさんが次世代に託した希望の光のように思えてなりません。


2025年3月19日(水)

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