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第388話 100歳は何色? |
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投稿:院長 |
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Uさんは、当院の開院当初から診療している数少ない大正生まれの女性です。 年齢を重ねて、便通異常、関節痛、腰痛、視力障害、聴力障害、睡眠障害など、数々の身体の不調に悩まされてきました。 また、診察を始めてから、新型コロナウイルス感染症、転倒・・・など幾度の病気やケガを経験しました。 しかし、Uさんはその都度、逞しくピンチを乗り越えるというのではなく、持ち前の温厚な性格で柔軟に通り過ぎて来たと言ってよいでしょう。 Uさんは、性格だけでなく、表情、口調、しぐさのすべて穏やかで、Uさんの周りにいると時間がゆったりと流れているかのようです。 そんなUさんですが、このたび、めでたく100歳の誕生日を迎えることになりました。 おめでとうございます!Uさん! ちなみに、1925年生まれの有名人を調べてみたところ、作家の三島由紀夫さん、落語家の初代の林家三平さん、指揮者のポール・モーリアさん、英国政治家のマーガレット・サッチャーさんだそうです。歴史を感じますね。また、物理学者でノーベル賞受賞者の江崎玲於奈さんは、Uさんと同じく今もご存命です! 先日、誕生日の翌週にUさんのご自宅を訪問した際、ショートステイ先から贈られたという色紙を見せて頂きました。そして、そこには過去のイベントで撮影されたUさんの写真とメッセージが載せられていました。 どの写真の表情も診察で見せて下さるような柔和な笑顔で溢れていました。 Uさんは、困難なことがあっても、それを包み込んで調和してしまうような不思議な力を持っているのです。そして、それが長寿の秘訣なのですね。 ただそこにいてくれるだけありがたい、と無条件に思えるUさんの存在は、周りの人を温か〜い気持ちにさせるのです。 ところで、99歳を白寿と言いますが、100歳は何色でしょう? それは、お祝いムード一色! |
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2025年8月23日(土) |
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第387話 体重が増えた原因とは? |
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投稿:院長 |
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80代のHさんは、脳梗塞の後遺症で身体が不自由なため、老人施設で介護を受けながら過ごされています。心臓の弁に異常があり、油断すると心不全を起こしやすいので普段から体重が増えないように気を使っています。 先日、参議院選挙と仙台市長選が隔週で開かれ、Hさんは期日前投票のため、親族が同伴して外出されてきたそうです。 その数日後、Hさんの健康管理をしている訪問看護ステーションより、「Hさんの体重が急激に増え始め、むくみが悪化している」と連絡が入り、急遽往診することになりました。 Hさんは、普段は物静かな方ですが、その日の診察では、投票した候補者が無事に当選したこと、日本の政治の在り方についてとても熱く語ってくださいました。 日本の選挙では、選挙に無関心な有権者も多く、投票率がなかなか上がらないことが問題になったりしますが、Hさんのように長年、日本を支えてきて下さった高齢者が、今もなお日本の行く末を案じていることに同じ日本人として感謝しなくてはいけないと思いました。 その後、Hさんに体重が増加した心当たりについてそっとお聞きしました。すると、久しぶりの外出を満喫されたそうで、お茶漬けなどの食料品を買い込んで、施設から提供されている食事と一緒に食べ始めたことを恥ずかしそうに告白して下さいました。 選挙では一人しか選べないのですが、「何を選ぼうかな?」と買い物を大いに楽しまれたのですね〜。 そして、Hさんに対して改めて食事の注意点について説明し、一時的に利尿剤を増やして経過観察することになりました。 ということで、この日は、普段は見ることができない熱〜いHさんと、“お茶目な”Hさんの両方に触れることができてとても新鮮な気分でした。 ところでHさん、選挙に行っても体重は定数に収めていきましょうね! |
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2025年8月12日(火) |
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第386話 アニマルセラピー |
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投稿:院長 |
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90代のSさんは、息子さんと二人暮らしをしています。 日中、息子さんは仕事に出ており、一人で留守番をしていますが、全然寂しい思いをしたことがなく、部屋の中はとても賑やかなのです。 何故か? それは、昔から猫を飼っていて、筋金入りの猫の愛好家だからなのです。 自宅のあちこちに猫が描かれたグッズが置いてあり、まるでメルヘンの世界のようで見ているだけで楽しくなるのです。 壁掛け、絨毯、ハンカチ、枕、テーブルクロス、湯飲み、マグカップはもちろん、なんと窓枠にも猫の彫刻があるのです! そんなSさんも、最近は身体の衰えを感じるようになり、足のセルフケアが困難になってきました。 そこで、私のほうで足の爪切りを受け持つことになり、ニッパーとやすりを取り出して、Sさんの靴下を脱がせようとした時、靴下にも何匹もの猫が刺繍されていることに気か付きました。 「あっ、ここにも猫が!(笑)」 それはまるで、Sさんの足元で楽しく遊んでいた猫が私に話し掛けてくるかのようです。 吾輩は猫である。名前はまだ無い。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも靴下に描かれてニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで初めて医者というものを見た。しかもあとで聞くとそれは人間中で一番口うるさい種族であったそうだ。この医者というのは我々のご主人様を捕つかまえて爪を切るという話である。しかし、最初は何という考もなかったから別段恐しいとも思わなかった。ただ彼の手でスーと引っ張られてご主人様の足から脱がされて何だかフワフワした感じがするではないか。おいそこの医者!何をするのだ!早くご主人様の足元に戻して遊ばせろ! ということで、爪切りが終わった後は、この靴下をSさんの足にやさしく戻しておきました。 これぞ、Sさん流アニマルセラピー! |
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2025年8月2日(土) |
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第385話 何番目? |
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投稿:院長 |
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Kさんは、一人暮らしをする高齢の女性です。 心臓に病気を抱え、しかも足腰が弱くなっているので、室内を移動するのにも一苦労ですが、看護師さんやヘルパーさんの手厚い見守りを受けながら毎日を過ごしています。 Kさんの性格を一言で言い表すととにかく頑固なことです。 友人との楽しい食事会がなかなかやめられず、それがきっかけで心不全が悪化して追加治療が必要になることもしばしばですが、なかなか自分の生活のペースを変えようとせず説得に一苦労です。 そんなKさんですが、訪問看護師さんやヘルパーさんは、Kさんを見放すどころか、Kさんが頑固になればなるほどますます献身的に関わろうとしています。なぜか? それは、Kさんが時折見せる人懐っこさ、ユーモアに人間味を感じるからでしょう。 最近は、前回の心不全の悪化でしんどい思いをしたせいか、ようやく私たちの提案を受け入れてくれることが多くなってきました。 先日の診療でのやりとりです。 訪問診療では、薬剤師が処方になった薬を自宅に配達し、服薬の説明や服薬管理を行う訪問調剤を利用することも少なくないのですが、Kさんは、友人がボランティアで薬局までKさんの薬を受け取りに行ってくれていたのです。今まで訪問看護師からKさんに訪問調剤の提案をしていたのですが、「それはあなた達が楽をしたいからでしょう!」と拒否されていました。 私「Kさん、今までお友達が薬局にお薬を受け取りに行ってくれていましたが、今度から薬剤師さんに届けてもらいましょう。そうすれば、Kさんが薬を取り出しやすいように部屋に準備してくれるので飲み忘れも少なくなって、むくみや息切れが予防できるようになるでしょう」 Kさん「いいよ、先生がそう言うのなら仕方ないね」 私(安心して)「Kさん、どうもありがとう!Kさんは私が診察している患者さんの中で一番頑固だったんだけど、今度から3番目にしておきますね」 Kさん(笑いながら)「あら〜、それはどうも」 というわけで、その日はとても素直に提案を受け入れてくれたのでした。 その数日後、訪問看護より連絡が入りました。 最近、圧力釜を購入し、部屋のいたるところに炊飯したご飯が置いてあり、食欲が復活してきたとのこと。 Kさん、3番目でなく、やっぱり2番目に格上げしようかな? |
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2025年7月21日(月) |
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第383話 節目の誕生日 |
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投稿:院長 |
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日本は100歳以上の人口が世界でも圧倒的に多く、10万人を超えるのは日本だけなのだそうです。 歳を取ると、感動的な誕生日を迎えることがだんだんと少なくなってくるような印象を持っていますが、やはり人生の節目となるような誕生日は感慨深いものに違いありません。 99歳の女性Yさんも、いよいよ来年100歳の仲間入りが近づいてきました。 私も気持ちが先走って、診察中にことあるごとにYさんの誕生日について話題にしていたのですが、今年の99歳の誕生日の日に、運悪く様態が急変して入院となってしまったのでした。その後、Yさんは奇跡的に回復し、約2週間後には元気に自宅に退院したのですが、「誕生日を意識しすぎるとかえって縁起が悪いのではないか」ということになり、娘さんから「誕生日言及禁止令」が発布され、診療中でもYさんの誕生日を話題にすることができなくなってしまったのでした。 先日の診療で、それをすっかりど忘れしてしまっていた私は、Yさんの前で「100歳の誕生日の前に内閣府、県、仙台市から3枚のお祝状が届くこと」「中でも内閣府のお祝い状はとても立派なこと」をはやる気持ちを抑え込めずに口走ってしまい、人差し指で口チャックマークをした娘さんから小声で「先生、その話はなし!」とたしなめられてしまったのでした(娘さんとは、掛け合い漫才のような雰囲気になっています)。 以来、Yさんの100歳の誕生日を盛大にお祝いしたい気持ちと、その気持ちを必死に抑え込もうとする気持ちの間で葛藤する日々が続いています。 ということで、Yさんが100歳の誕生日を無事に迎えられた暁には、いままで心の中で溜めこんだ祝福の思いを爆発させたいと思っています。 ところで、お祝い状には内閣総理大臣、県知事、仙台市長の名前がそれぞれ記載されて後世に残ることになるのですが、参議院選挙を前に「お祝い状の価値を高めるような立派な政治をお願いしたい!」と強く要望し、ここで祝福の思いを少しだけ発散させておきたいと思います。 |
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2025年7月11日(金) |
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第382話 真相 |
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投稿:院長 |
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70代のTさんは、20年来の病気の治療のため入院していましたが、〇月に退院となってから訪問診療を受けています。 退院当初は倦怠感や食欲不振を感じていましたが、大好きな自宅で生活しているうちに徐々に改善してきました。 Tさんの趣味はガーデニング。それもプロ級の腕前です。 仙台に転居する前は、ご主人とともに作り上げた花の楽園のような見事な風景が地元の話題になったほどでした。 Tさんの現在の自宅には、ピンク色のバラが咲いています。数十年前に栽培を始めたというバラは、今は幾重の大輪の花を咲かせるようになり、見る者の心を和ませてくれます。 ある日の診察で、そのバラの話題になり、バラの一部を切り花として私たちに分けてくださることになりました。 Tさんのご主人がハサミを入れて新聞紙に包んでバラの花束を作ったところで、せっかくなので写真撮影をしようということになりました。 こうして、診療アシスタントがカメラマンとなって、ご主人とバラの花束を持ったTさんが二人寄り添ってにこやかな表情を浮かべているとても素敵な写真が出来上がりました(これを読んでくださっている全員に見てもらいたい・・・)。 そして、その写真を見た私は、「まるでご主人がプロポーズをしているようですね!」と声をかけたところ、Tさんが「実はまだプロポーズの言葉をもらっていないのです・・・」と衝撃の告白があり、その場が爆笑の渦に包まれました。 こうして、私の余計な一言が「言わぬが花」となってしまったのですが、実はバラには色と本数でそれぞれ花言葉が決められており、3本のピンクのバラは、「感謝、愛しています」という意味が込められているのだそうです。 ご主人は、言葉には表さなかったのですが、後になって、実はこのバラでTさんへの気持ちを表していたのではないか!?ということになりました。 だとしたら、このバラ、本当にもらってよかったのでしょうか!? ということで、次回の診察でこの真相を確かめたいと思っています。 |
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2025年6月28日(土) |
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第381話 優雅に |
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投稿:院長 |
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80代の女性Tさんは、がんのため療養中で、娘さんと二人暮らしをされています。 Tさんは、優しく、明るく、とても朗らかな方で、くりくりした少女のような眼を輝かせながら診察に応じてくれます。 そんなTさんですが、どうしてもやめられないことがあります。 それは、「人生最後のささやかな楽しみ」というタバコです。 昔に比べればだいぶ本数は減ったようですが、今も5本ほどのタバコを欠かしません。 病院では健康に悪いと考えられるものは禁止されることが多いと思いますが、Tさんの眼を見ると、不思議なことにやめてほしいとは言えなくなるのです。 Tさんは長い間、現在の自宅で過ごされていますが、部屋の中は全くタバコのにおいがしません。それは、室内では絶対に吸わないからです。娘さんにいつも感謝の気持ちを忘れずに、暑い日も寒い日もTさんなりにマナーを守っているのです。 ある日の診療でTさんの自宅にうかがった時、自宅に横付けした往診車から、Tさんが玄関から出て外を眺めながらタバコを吸っているのが見えました。 どうやら、私たちの到着に待ちくたびれて吸い始めたようなのです。 その表情やしぐさが何と言っていいのかゆったりとして優雅なこと! あまりに印象的だったので、スタッフがその様子をタブレットでそっと隠し撮りすることになりました。 Tさんに声をかけて、自宅に入って診察を始めた時、Tさんにその写真を見せたところ、とても気に入ってくれました。そして次回の診察で写真を現像してプレゼントすることになりました。 そして、「こんなに優雅にタバコを吸っている人をいまだに見たことがありません!」と伝えたら、少女のような眼を一段と輝かせてぱ〜っと笑顔が広がったのでした。 そして、その表情を見た私は、益々タバコをやめましょうと言えなくなったのでした。 「Tさんのいない所に煙は立たぬ」(煙はTさんが元気でいる証)がこれからもずっとずっと続いてほしいと願わずにはいられません。 |
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2025年6月19日(木) |
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第380話 変身 |
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投稿:院長 |
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80代のHさんは、よく気が付くしっかり者の奥さんと二人暮らしです。奥さんは、健康管理でことあるごとにHさんには厳しく接しているようです。 ある日、診察にうかがった時、別室で看護師と奥さんが話し合っている間に、Hさんと私の二人きりで話をする機会がありました。 私「奥さんは明るくてしっかりしていて、一緒にいると安心ですね」 Hさん「明るいというか、口うるさくね、大変です」 私「口うるさいのは、Hさんのことを心から心配しているからですよ。私にはわかります」 Hさん「えっ、そうなんですか?」 私「こんな伴侶がいる男性は長生きするんですよ」 H「ええ〜?一人でのんびりするほうが長生きすると思っていました」 私「特に男性は歳を取ると生活力がなくなってきますから、生活力を与えてくれる人が必要なのです。いろいろとよく気が付いて注意してくれる人がいるほうが早めに手当てできるんですよ」 Hさん「私、家事は苦手ですからね」 Hさん「Hさんは、ほっておくと酒は飲むし、栄養のバランスを無視した食事はするし、適度に体を動かそうとしないし、奥さんがいなければとっくにこの世にはいません(笑)」 Hさんの笑いを取ろうとした私のこの言葉に、Hさんは目を腫らして、まさかの感激の涙を流し始めました。 私「Hさんは、夫想いのいい奥さんと結婚しましたね」 Hさん「はい、これからは、妻の言うことに感謝して従っていきます」 Hさんは、よき伴侶に恵まれたことを改めて実感したようで、一時(いっとき)?の和やかな時間を過ごされました。 これからは奥さんの小言がきっと金言に感じられることでしょう。 そして、奥さんからのムチのような厳しい言葉の連続に快感さえ感じられるようになり、いつか、「M男」さんに変身する日が来るのかもしれませんね。 |
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2025年6月9日(月) |
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第380話 悠々自適 |
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投稿:院長 |
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診療所には複数の医師が在籍しているので、患者さんの中には、他の医師が継続的に診察している場合、私自身がしばらくお会いしていない方がいます。 先日、昨年以来、久しぶりに診療した70代のNさんもその一人でした。 部屋に入ってNさんを一目見たとき、私が記憶していたNさんとは別人になっていることに驚きました。 昨年は、だるくて食欲がなく、自宅に閉じこもってばかりで元気がなかったのですが、その日のNさんは、どことなく余裕があり、柔和で、ゆったりとした表情に変わっているではありませんか! よく話を聞けば、いろいろと身体の衰えを自覚しながらも、それにとらわれ過ぎず、深刻に考え過ぎず、慌てず騒がず、平常心を保ち、心が整っているのです。 今は、天気が良ければ近所の公園までゆっくりと散歩をしたり、奥さんの運転でドライブしたり、買いものをしたり、雨が降れば自宅でゆったりと外の景色を楽しんだり、奥さんの手料理やスイーツを楽しんだり、好きなテレビ番組を観たり、のんびりとした生活を送っています。 私はそんなNさんに、「心に余裕を持ち、世の中の面倒なことから離れて静かにゆったりと過ごす。まさに悠々自適(ゆうゆうじてき)という言葉がぴったりですね!」と声を掛けました。 この言葉に、ソファーで足を組んでゆったりと座っていたNさんは、高倉健のような優しい笑みを浮かべて“微笑み返し”をして下さいました(ちなみに、足を組んで座っている高齢者は心に余裕がある人という私なりの法則があります)。 昨年は、自宅で横になってばかりいたNさんですが、今の生活は、明るくいつもにこにこと接してくれる年下の奥さんの支えなしではありえなかったでしょう。そして、この悠々自適な生活は、そんな家庭を築いたNさんへのご褒美だったのですね。 昔は、釣りによく出かけていたそうですが、釣り上げた一番の大物は奥さんだったのでしょうね。 この日を境に、私も歳をとったら、Nさんのような悠々自適が目標になりました! |
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2025年5月31日(土) |
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第379話 悔しい〜! |
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投稿:院長 |
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ある患者さんを診察した時のことです。 この患者さんは、お尻の褥瘡(じょくそう=床ずれのことです)がここ数年来慢性化してなかなか改善できずにいました。 その日の診察では、別組織に所属する皮膚・排泄ケア専門の看護師が診療に同席して一緒に処置していました。そこで、褥瘡がなかなか改善しないことに対してこの看護師から発せられた言葉がとても印象に残りました。それは「悔しい〜!」です。 もちろん、褥瘡には様々な発生要因があり、あっという間に悪化するのに、完治するまでその何十倍、何百倍もの労力と時間を要するので、この看護師さん一人だけの責任ではありません。 私自身、思惑通りに症状が改善しない患者さんを目の前にして「悔しい」という感情を意識したことがなく、この言葉に自分にはない何か新鮮なものを感じることができました。 心理学では、悔しさを、「自己能力に対する不満」、「潜在能力への期待」、そして「未達成目標に対する情熱」と捉えることができるそうです。 最近では、悔しいという気持ちを、他人を恨んだり、いやがらせしたり、復讐することで晴らそうとする風潮が見受けられるように思いますが、本来はこの悔しさを自分に向けて、次の行動を起こすためのエネルギーやモチベーションにするものではないかと思いますし、そちらのほうがはるかに健全です。 世界各国で起こる紛争なども、悔しいという気持ちが他人に向かった結果なのかもしれません。 一方、私がこの看護師の悔しいという言葉に新鮮さを感じたのは、この看護師のプロフェッショナルな精神や治療への情熱を感じたからに他なりません。
そういえば、私が日常生活の中で私が悔しいと思ったのは、過去には、練習を積み重ねたのに目標としていたマラソン大会で思うような結果が出せなかった時や、現在では、今私が凝っているプラモデルの制作がなかなか上手くいかない時ですね。 悔しいと感じたら、自分には情熱がまだ失われていないとポジティブに考えて、そこであきらめずに努力を続けていけば、その先に何かハッピーなことが待っているのかもしれません。悔しいと思う感情を上手に利用することで、人や専門職として成長するチャンスが生まれるのです。 私自身は、この先も医者として成長したいと考えているので、当面は、「診療の場面で悔しいという感情を持つという概念が自分には欠けていたことが悔しい〜!」と思うことにしたいと思います。 |
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2025年5月20日(火) |