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第198話 嬉しいリバウンド |
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投稿:星野 |
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ダイエットの世界では、食事制限や運動に励んで体重減少に成功したとしても、その後に油断してしまい、体重が元に戻ってしまう「リバウンド」という言葉がネガティブな意味で使われたりします。 しかし、在宅医療の世界ではこのリバウンドはポジティブに解釈できる場合が圧倒的に多いのです。 それは、在宅医療を受ける患者さんの体重減少が、肥満を防ぐためのダイエットではなく、病気の進行や体調悪化によるものが多いからです。 ある患者さんは、進行性の病気のためベッド上の生活になり、胃ろうから人工栄養を受けて過ごされていましたが、その後、予測を覆し、口から食べられるようになり、胃ろうが不要になってしまいました。 食べられるようになってから、奥さんの手料理でみるみる体重が増加し、なんと以前のふくよかなお腹が復活し、見事なリバウンド。 今では恰幅の良いお腹の中に、使われなくなった胃ろうの器具がすっかり埋没し、まるで胃ろうが「助けてくれ〜!」と叫んでいるかのようです。 このリバウンドというのは、脂肪細胞から出るホルモンや脳の満腹中枢などが深く関係し、人体を以前の状態に戻そうとする体のメカニズムの一つですが、病気が進行したとしても、昔の自分を記憶し、それに向かって回復しようとする力がきちんと残されていることを知ることができました。 在宅医療では、患者さんが本来の姿に回復しようとする力を引き出すことがとても大切です。これからも脂肪細胞にエールを送り続けたいと思います。 |
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2020年11月14日(土) |
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第197話 インフルエンザ予防接種 |
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投稿:星野 |
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冬も近づくと、インフルエンザワクチンの予防接種に追われます。 コロナ禍では、感染症の予防意識が高まるためか、接種を希望する人が増える傾向にあるようです。 患者さんには、自宅を訪問した際に予防接種をすることになりますが、患者さんだけでなく、希望するご家族にも同じ場所で接種することになります。 ワクチンの予防接種には、過去から現在までの病気やアレルギーの有無など10項目以上を記載する問診票があるのですが、高齢の患者さんにとっては項目が多く、しかも字が細かく読みにくいので、もう少し簡略化できないかと感じています。 問診票を事前にお渡ししていても、実際とは異なるところに〇がついていたり、空欄のままだったり、署名欄に記載がなかったり、記載が不十分なことも少なくなく、その都度、患者さんに聞き取りをしながらその場で問診票の作成をサポートします。 ある患者さん宅では、事前にお渡ししていた家族4人分の問診票が戸棚の中に片付けられており、それを訪問診療のチームと一緒に室内を捜索し、無事発見できた時は皆で喜びを分かち合いました。 また、ある患者さんは、だいぶ記憶障害が進んでいると思っていたのですが、病名欄に自分で「認知症」としっかり記載されていてびっくりしました。 また、ある患者さん宅では、親族や近所の人が10人以上集まって接種したこともありました。 訪問診療での予防接種はハプニングの連続ですが、患者さんに無事安心を届けられるよう頑張っていきたいです。 |
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2020年11月10日(火) |
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第196話 新聞の切り抜き |
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投稿:星野 |
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先日、父の一周忌の法要のため、自家用車で新潟の実家に帰省しました。 法要を済ませた後、父の膨大な遺品を整理していると、私が高校生から大学生だった頃の地元の新聞(新潟日報と言います)の切り抜きが大量にファイルに閉じられているのを発見しました。 それは、医療や医師の仕事に関わる特集や連載で、大学受験の小論文の参考資料や、医学生になって私に読んでもらいたい記事を集めたものでした。 今思うと、医学部の入学を最も喜んでくれたのも、医師としての将来を最も期待していてくれたのも父だったように思います。 父の残してくれた約30年前のファイルを目の前にして、父の私に対する思いやりを改めて感じることができました。 父の期待通りになっているのか全く自信がありませんが、父の思いを胸にこれからも職務を全うしていきたいと感じています。 今は、ネットで様々な情報を集められる便利な時代になりましたが、その一方で、手間も時間もかかるからこそ貴重と思えるものを一層大切にして後世に残していきたいものです。 ということで、私も小中学生の子供たちのために何か新聞の切り抜きを残したい・・・と言っても、子供たちはテレビ欄しか見ないのが悩みです(苦笑)。 |
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2020年11月4日(水) |
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第195話 ピンチをチャンスに |
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投稿:星野 |
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NHKの朝の連続ドラマ小説や大河ドラマをよく視聴しているのですが、登場人物が窮地に陥った時にどのような発言をするのか、またそれを支援する人達がどのような説得をするのか、をとても興味深く拝見しています。 大河ドラマでは、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康が登場する戦国時代の終わりや幕末の動乱期に、仲間との友情、主君との信頼だけでなく、人と人との争いや人生をかけた際どい駆け引きの中で、登場人物がどのような説得力のある言葉でピンチを乗り切っていくのか?自分が同じ立場だったらどう発言するのか?という視点で、時には冷や汗をかきつつ(?)ハラハラドキドキしながら視聴しています。 現在、福島市出身の作曲家・古関裕而さんをモデルにした朝ドラ「エール」が放送されています。 主人公の古山裕一は戦時中、国民の戦意を高揚させる曲を数多く作曲し、自分の作曲がきっかけで多くの若者を戦争に駆り立ててしまったという罪悪感から、戦後しばらく失意から抜け出せず、自分の殻に閉じこもってしまいます。 裕一の妻・古山音の「もう自分を許してあげて」「あなたが一人で責任を負うことはない」という言葉もなかなか通じません。「戦争という異常な時代だったから仕方がない」と慰めても裕一を説得することはできないのです。 この絶望のどん底にいる裕一にいったいどんな言葉を掛けたらよいのでしょうか? 自分だったら・・・? その裕一に、後に戦争からの復興のシンボルとなる名曲「長崎の鐘」の作曲依頼が舞い込みます。 裕一は、被爆地・長崎の荒廃した様子や人々の姿を克明に記した随筆「長崎の鐘」の作者で白血病のために闘病生活を送る永田医師(医師・永井隆さんがモデル)に会うために長崎に向かいます。 永田医師との会話の中で、ある若者が「(こんな仕打ちを与える)神は本当にいるのか?」と永田医師に問うたそうです。 永田医師は「神の存在を問うた若者のように、なぜ?どうして?と自分の身を振り返っているうちは希望は持てません。どん底まで落ちて大地を踏みしめ、共に頑張れる仲間がいて初めて真の希望が生まれるのです。その希望こそこの国の未来を創ると私は信じています」「あなたは戦争中、人々を応援していました。戦争が終わった今、あなたにできることは何ですか?希望をもって頑張る人にエールを送ってくれませんか?」と裕一に語りかけます。 とても説得力がありますね。 なぜ?どうして?と自分や人に疑問を持ち続けているうちは希望は持てない。 この言葉を噛みしめ、時には自分自身にエールを送りながら、希望を持って前を向いて生活したいものです。 |
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2020年10月30日(金) |
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第194話 便利と不便とのはざまで |
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投稿:星野 |
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ある雑誌に寄稿した文章です。少々長いですがお読みください。 近年、製造、販売、通信、交通、医療、教育といった生活のあらゆる場面で先端技術が導入されるようになり、これら科学技術の発達は私たちの生活に大きな変化をもたらしました。 日常生活では、インターネットを利用すればほしいものや必要な情報がいつでも手に入る、メールやラインで連絡を取りたい人といつも繋がっている、リモコン一つで電化製品を稼働できる、交通網の発達であらゆる場所に容易にアクセスできる・・・など、昔では考えられないような便利な世界が当たり前のように広がっています。また、飽食の時代と言われ久しいですが、コンビニやスーパーに行けばいつでも食べたいものが手に入ります。自宅では、お菓子やジュースがいつでも視界の中にあり、肥満や糖尿病の原因になり、体を蝕んでいきます。 こう考えていると、便利さとは、自分がアクセスしたいものとの間で、時間的、空間的にその距離が縮まることと言ってよいかもしれません。 その一方で、便利さばかり求めていると、失うものも少なくありません。それは、人が思考や身体を駆使することによって活性化したり維持できる部分、つまり、けして機械的なものではなく、人に本来備わっているはずの人間らしさや心の平穏かもしれません。発達した文明の陰で、いつの間にか、人としてどうあるべきかが後回しにされつつあります。 特に若い世代は、科学技術とは対極をなすもの・・・つまり、人と直接会って話をしたり、本を手に取ってじっくり読んだり、直筆で文章を書いたり、大自然に触れ合ったり、体を動かしたりという数多くの経験が必要です。さらに、大人になって求められる実行力、計画性、協調性、柔軟性、寛容性、忍耐力、創造性といった要素は、けして便利さばかりを追求するだけでは育まれません。辛い人生を乗り切るために、あえて遠回りしたり、不便な環境に身を置くことも必要です。そこで、スマホやパソコンを使わない時間を作ってみる、近い距離はどんどん歩いてみる、普段通らない道を遠回りして歩いてみる、園芸に励んでみる、静かな環境で読書してみる、直筆で手紙を書いてみる、ファストフードではなく料理してみる・・・など、あえて遠回りして便利さから距離を置いてみると、かつてのありのままの自分の姿が、懐かしく、すがすがしい気分と共に蘇ったりします。それは、自分と向き合う時間の中で心身がリセットされるということなのかもしれません。便利さに囲まれているうちに、それに依存するようになり、いつの間にか自分がそれに支配されてしまっているのです。 しかし、その一方で、人生も中間点を過ぎ、いよいよ下り坂に入ってくると、今まで出来ていたことが次第に出来なくなり、生活の様々な場面で不便さが目立つようになります。そして、不便なものをそのままにしておくと、心身の不調を来したり、人間関係の不和を生んだり、生活の質の低下を招いてしまうことが少なくありません。そんな時は、便利さから距離を置くのはやめ、出来なくなった部分を補い、快適に生活するために必要に応じて便利さを取り入れていくことになります。 現在、私は訪問診療の仕事をしていますが、その役割の一つがまさに不便を補うことです。つまり、患者さんの自宅を訪問し、実際の生活現場を観察することで、患者さんがより快適に過ごすために何が必要なのか「気付く」ことを常に意識し、けして「やりすぎ」にならないよう環境改善のお手伝いをしています。そして、フットワークの軽いケアマネージャーさんと協力しながら、介護用ベッド、マット、ポータブルトイレ、歩行器、手すり、車いすなどの介護用品の導入はもちろん、患者さんの身の回りにある生活用品の使い方、家具やベッドの配置、自宅でできるレクレーションなど生活者としての視点から提案するようにしています。ちなみに、ある寝たきりの患者さんは、テレビやエアコンのリモコン、ラジオ、携帯電話、新聞、雑誌、眼鏡、入れ歯、歯ブラシ、うちわ、耳かき、孫の手、爪切り、天井照明のスイッチのひも、薬、宅配弁当、お菓子、みかん、ドリンク、家族をコールするための呼び鈴・・・など生活必需品のほぼすべてが手の届く範囲に置いてあります。そして、健康保険証と診察券、札束の入った財布がそっと枕の下に隠されています(笑)。これは、この患者さんが、自身の身体状況に合わせて生活するうちにたどり着いた見事な環境改善の境地なのです。 こう考えてみると、若いうちは便利さからあえて距離を置くように生活し、歳を重ねるにつれ便利さを徐々に受け入れていくという姿勢が大切になってきます。 私のようにベテランと呼ばれるようになった医者の多くは、少なからず自分の心身の衰えを自覚しながら日々それと格闘し(?)、診療していくことになります。普段の診療では、患者サービスの向上のために、どんどん効率性や利便性を追求する姿勢が求められますが、プライベートでは、便利さによって損なわれる部分を意識しながら、自分らしく生きるためにあえてそこから遠ざかるのか、受け入れるのか微妙な匙加減が大切なのです。 ところで、整理整頓が苦手ということもあるのですが、私のベッド周辺には、手の届く範囲にスマホ、本、雑誌、携帯電話、眼鏡・・・が散乱しています。まだまだ便利なものから距離を置きたいと思っても、そうはさせない誘惑との戦いがしばらく続きそうな気配です。 |
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2020年10月24日(土) |
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第193話 ノーベル賞に思うこと |
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投稿:星野 |
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今年のノーベル賞は、残念ながら日本人受賞者はいませんでした。 毎回、日本人が受賞すると、研究のきっかけ、成功の秘訣、苦労、受賞の喜びを聞くのを楽しみにしています。そして、その研究が私たちの実生活の中のどこで役立っているのか知り、誇らしい気分になります。 ノーベル賞は、自分が日本人でよかったと実感する機会でもあるのです。 ノーベル賞の選考は秘密裏に行われ、発表の際もその選考過程が明らかにされることはありませんが、人が人を選ぶ賞なので、選考委員の主観が受賞に影響するのは間違いありません。 したがって、受賞した人と受賞しなかった人の研究成果の優劣を単純に決められるものではありません。 しかし、多くの研究者の中では最高の栄誉とされており、その受賞は他のどんな国際的な賞よりも注目を集めるのも事実です。 過去には、田中耕一さんや山中伸弥さんのように若くして受賞した方もいますが、受賞者の高齢化が進んでおり、最近では80歳を過ぎて受賞する方もいます。 医者としていつも感じることですが、人生も70代に差し掛かると、命に関わるような病気を発症する機会も増え、時にそれは突然やってきたりします。 亡くなった方はノーベル賞の受賞対象から外れるのですが、作家の谷崎潤一郎さんのように、本人が79歳で亡くなってから実は受賞候補者だった・・・と50年後に発表されても、ご本人にとって全く栄誉ではありません。 高齢で病気を抱える候補者にとっては、まさに自分の命の灯火が燃え尽きるのが早いか、受賞が早いかという時間との競争だと思うのです。 そこで選考委員会にお願いしたいのは、候補者の年齢や健康状態も是非考慮に入れて選考してほしいということです。 健康に不安のある候補者は表彰の優先順位を上げる・・・そんな配慮があってもいいのではないかと思います。 そして、日本人びいきの私にとって、受賞に値する多くの日本人研究者が受賞に間に合ってほしい、そして、日本人として誇らしい気分を再び味わってみたいと感じています。 |
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2020年10月19日(月) |
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第192話 人生相談パート5 |
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投稿:星野 |
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第192話 人生相談パート5 スポーツ解説でお馴染みの増田明美さんに寄せられた人生相談と、増田さんの回答を参考にするシリーズ5回目になります。 人生相談のコーナーには、女性からの相談がとても多いのですが、その理由として女性には、「とにかく自分の気持ちを聞いてほしい」、「解決できなくても共感してくれる人がほしい」と考える人が多いためだと思います。増田明美さんは絶対に共感してくれる、そう期待して相談してくるのでしょうね。 一方の男性は「自分の弱みを他人に話すなんて恥ずかしい」、「自分のことは自分で解決するものだ」と考える人が多いと思います。 そんな中、おそらく勇気を振り絞って投稿してきたであろう男性からの「引きこもりを抜け出したい」という相談を取り上げたいと思います(以下、mixiの増田明美の人生相談から抜粋)。 相談内容 増田さんの回答 何をするのか与えられている高校までの環境では、与えられた課題を一生懸命に行っていればよかったのですが、大学生から社会人になると自分の責任で選択し、課題を見つけ解決しなくてはならない機会が増え、それに戸惑ったまま年月を重ねてしまったということなのでしょう。 自分の進路は他人から示されるのではなく、自分で考えて決めなくてはならない。しかし、増田さんの言うように、成績が優秀だったために失敗ができない、という気持ちが強すぎて踏み出せなくなってしまったのでしょうね。 でも、引きこもりの生活の中で自分の弱さを見つめ直し、きっと謙虚さを身に着けていることでしょう。謙虚な人ほど信頼できるものです。 こんな場合、その謙虚さをベースにして、他の人の役に立っていることが実感できるようなきっかけが必要です。 私がお勧めするのは、まずは家族の中の人間関係を見つめ直し、自分に何ができるのか考えてみることです。両親や兄弟姉妹に代わって家族や親族としての役割を果たし、まずは身内同士で感謝の言葉を交換してみましょう。 次に、老人施設でのボランティアをお勧めします。お年寄りの話し相手、レクレーションの相手や企画、掃除、配膳の手伝い、園芸・・・なんでもよいので、取り組んでみましょう。心優しいお年寄りはきっとこの男性を受け入れ、出会いを喜び、感謝の心を伝えてくれるでしょう。 体が不自由になっても心穏やかに、おおらかに、そして逞しく生きるお年寄りから生きる力をもらうことでしょう! と、今日は日頃から感じている「お年寄りに秘められたとてつもないパワー」を強調して終わりにしたいと思います。 |
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2020年10月12日(月) |
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第191話 人生相談パート4 |
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投稿:星野 |
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スポーツ解説でお馴染みの増田明美さんに寄せられた人生相談と、増田さんの回答を参考にするシリーズ4回目になります。 今日は、離婚話を切り出され、ビクビクして生活している女性からの相談について考えてみたいと思います(以下、mixiの増田明美の人生相談から抜粋)。 相談内容 増田さんの回答にように、確かに相談者の夫の振る舞いは幼いと言えます。 しかし、夫の立場に立った時、自分は家族のために仕事で頑張っているのに、自分に対してきつい言い方をしたり、小言ばかりで自分の頑張りを言葉にしない妻に対して嫌気を感じているというか、すねているのですね。男としてよくわかります(笑)。 この文面からは、夫のことを認めていないのではなく、認めているのに素直に言葉にできていない様子がうかがえます。こんな時、夫はきっと妻から「いつも家族のために頑張ってくれてありがとう」と言ってほしいに違いありません。 細かいことを気にしすぎる夫の性格を矯正するよりは、幼い夫の心理状態をよく理解して、上手に乗りこなすような気持が大切だと思います。 さらに、増田さんが指摘しているように夫が信頼している人物を味方につけることも大切です。夫の母親に「あなたにはとても素晴らしいお嫁さんなのだから、子供たちのためにも夫婦仲良くしてね」と言わしめたら大変心強いです。 人間関係でうまくいかないとき、「自分のやり方を変えてみる」、「時には距離を置いてみる」、「相手が信頼している人を味方につける」というのは、自分の中でも鉄則になっていています。 増田さんの言うように、この試練を乗り越えられたら、自分はさらに成長できると朗らかに頑張ることが大切ですね。夫をたてる努力をしていると言っていますが、素直な気持ちで朗らかな言葉で夫をたてることが必要です。 個人的には「穏やか」という言葉がとても好きで、在宅医療では患者さんが穏やかに生活できているかどうか非常に重視しているのですが、「朗らか」という表現も大変素敵ですね。 これからは、患者さんが「朗らかに生活できている」とカルテに数多く記していきたいと思います! |
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2020年10月7日(水) |
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第190話 人生相談パート3 |
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投稿:星野 |
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今回も、増田明美さんに寄せられた人生相談の内容と増田さんの回答について考えたいと思います。
以下に、長い間努力してきたのに報われないという悩みについての相談と、増田さんの回答を掲載します(mixiの増田明美の人生相談から抜粋)。
相談内容 増田さんの回答には、相談者の直筆の手紙を一字一句丁寧に読み込んで、その文字を通して相談者に寄り添い、一緒になって答えを見つけていこうという姿勢が感じられます。 人生は順調なことばかりではありません。しかし、順調にいかないことがすべて否定的なのかというとそうではなく、逆境を糧にしたり、後から振り返って、あの時の試練は意味があることだったと思えることも少なくないのです。 人は、ずっと頑張り続けることはできません。時には疲れ切った心身を休ませることが必要です。頑張ってきたことから距離を置くことも必要です。 増田さんのように、人生はマラソンに例えられることがありますが、競技のマラソンのように一刻も早くゴールする必要はありません。マラソンで給水があるように、人生も突っ走るだけでなく、時には立ち止まって給水したり、給水しながら考え直しても良いのです。 そして、行き詰った時、人生の目標を変更することも必要かもしれません。今まで自分への見返りを期待して頑張ってきた人もいるでしょう。しかし、見返りばかり求め続けていると、損得勘定に走りやすく、十分な見返りがなければ、相手を責めたり、不満を感じたり、妬んだり、落胆したり、ネガティブな感情を生みやすくそれだけで疲れてしまいます。 「自分の行動は自分のためではなく他人のために行う」、「人への親切は過去に受けた親切の恩返しのために行う」と発想を転換できるようになれば、人はもっと楽に生きられるようになる気がします・・・・と書きながら、自分自身にも言い聞かせています(笑)。 増田さん、今日も人生を生きるためのヒントをありがとうございます。 |
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2020年10月2日(金) |
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第189話 人生相談パート2 |
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投稿:星野 |
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今回も、前回に引き続き増田明美さんに寄せられた人生相談の内容と増田さんの回答について考えたいと思います。
以下に、無口で何事にも無関心な夫に対する悩みについての相談と、増田さんの回答を掲載します(mixiの増田明美の人生相談から抜粋)。
相談内容
まず、夫の立場に立って、「家の外では精力的かもしれない」、「家の中ではあなたのことを信頼しているのかもしれない」と別の視点があることや、「これからは子育てからご主人育てですよ」と夫と付き合っていくための心構えをキーワードとして伝え、「夫の表情や行動を観察して興味がありそうな話題を見つけてみましょう」と具体的にアドバイスし、いつか夫が「いてくれるだけで幸せ」と感じられるような存在になったら素敵ですね、と結んでいます。個人的には、「ご主人育て」という言葉がとても心に響きました。
話が変わりますが、他人と比較して優越感を感じることは時に不謹慎と考えられることがあります。しかし、他人と比較して「自分よりももっと大変な人がいるのだからもう少し頑張ってみよう」と前向きに生きる原動力とするのはむしろ健全ではないかと考えています。
訪問診療を通して様々な家庭を観察してきましたが、世の中には、夫からの家庭内暴力とそれに悩む家族が多いのです。
家では無口で無関心に見える夫も、平和で穏やかな家庭環境になくてはならない存在になっているかもしれません。さりげなく家事を手伝ってくれたり、家族のことを日記に書いているかもしれません。無口で無関心の裏には、夫の長所がたくさん隠されているに違いありません。
「世の中には、家庭内暴力で自分よりももっと大変な人が大勢いるのだから、自分のペースで夫育てを楽しんでみよう」
「無口な夫の中に隠されている“宝探し”を楽しんでみよう」
もしかしたら、妻が理想とする「かかあ天下」が実現するかも? |
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2020年9月28日(月) |