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第89話 長岡花火 |
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投稿:星野 |
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8月3日に私の実家のある新潟県長岡市に帰省し、5年ぶりに長岡花火を観覧してきました。
長岡花火は、1879年(明治12年)に開催されたのが始まりです。
長岡は、1945年(昭和20年)8月1日の空襲で1400名を越える犠牲者を出し、市街地は焼け野原になりましたが、長岡まつりの前身である復興祈願祭が翌年の昭和21年8月1日に開催されました。
花火大会は終戦の2年後から復活し、以後、8月1日が戦災殉難者の慰霊の日、8月2日と8月3日が花火大会の日として定められ、戦争の悲劇から立ち上がろうとする長岡市民の癒しと勇気の象徴となりました。
そして現在は、戦争犠牲者の慰霊、復興に尽力した方々への感謝、災害からの復興や世界平和への祈りを象徴とする花火として受け継がれています。
長岡花火を代表する花火が、不死鳥を意味するフェニックス。
2004年に起こった新潟県中越大地震からの復興祈願と、全国から寄せられた支援への感謝を表すものとして、2005年から打ち上げられ、今年で15年目となります。
フェニックス花火は、中越大震災の時に被災者を勇気づける曲として、新潟県内のラジオ局に多数のリクエストが寄せられた平原綾香さんのJupiterの曲に合わせて打ち上げられます。
美しいのに、世界で唯一、自然と涙が溢れてくる花火です。
長岡花火は、私にとって家族と見る花火。
幼少の頃は両親に手を引かれながら会場を移動しましたが、今年はすっかり足腰の衰えた母の手を引きながら会場を移動しました。
20年後、30年後は、私自身が子供達に手を引かれながら観覧することになるのかもしれません。
ホームページのメニューの一番下に、長岡花火の特設ページを設けました。
涙腺の弱い方はハンカチを手元に置いて動画をご覧ください。 |
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2019年8月9日(金) |
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