第290話 蕎麦の味わい |
投稿:院長 |
Nさんは、地元では有名な蕎麦屋の店主をされていましたが、総合病院で進行性の病気と診断され、在宅診療を受けることになりました。 店の2階にある自宅で療養している時も、店のことが頭から離れず、お客さんがきて繁盛しているかモニターで確認する毎日でした。 しかし、Nさんの心配は無用で、Nさんのそば職人としての味を、奥さんや従業員が立派に受け継いでおり、店は常連のお客さんが途絶えることはありませんでした。 Nさんは、「自分の最後の望みは、この家で最期まで過ごすことで他に思い残すことはない」「逝くときは店の営業に差し支えないよう営業時間外に逝きたい」と希望されました。 身体が不自由になっても、しんどいことがあっても、常にユーモアを忘れず、お客さんを大切にしてきた通り、他人に対する思いやりや感謝を欠かしませんでした。 食事が満足に取れなくなっても、自家製の蕎麦湯を味わい、最後となった入浴も気持ちよく入れましたと嬉しそうでした。 そして、ご家族が少し目を離した隙に、Nさんは静かに息を引き取っていました。それは、まさにNさんが望む営業時間外でした。 Nさんが残した蕎麦の味は、これからも蕎麦を味わった人の心の中で生き続けていくでしょう。 そして、「今度、蕎麦を食べに来てください」とNさんと交わした約束を果たすべく、私もそのうちの一人になるつもりでいます。 |
2022年10月19日(水) |
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