第275話 愛情ホルモンとの付き合い方 |
投稿:院長 |
前回は、脳内の神経伝達物質の中でセロトニンという物質が心の平静を保つために重要と書きました。 しかし、近年、心の癒しをもたらすオキシトシンという脳内ホルモンが注目されるようになっています。 このオキシトシンは、女性が出産するときに陣痛を促進させたり、出産後の母乳の分泌を促したり、子供への愛情(母性愛)を引き出すことが知られていたのですが、近年、母親だけでなく、男女や年齢の区別なく分泌されることがわかってきました。 オキシトシンには、人への親近感を増し、脳の疲れを癒して気分を安定させ幸福感をもたらす働きがあることが知られ「愛情ホルモン」とも呼ばれたりしています。 そして、このオキシトシンの分泌は、@人と手をつないだり、体の一部をさすったり、ハグするなどのスキンシップを行う、A人に感謝の言葉を伝える、B人と楽しく会話する、C人に親切にする(他利的な行動を行う)など、親密な対人関係を構築する言動の中で促され、相手への愛情や絆、信頼をさらに高めるという効果があります。中でも、スキンシップは最も重要で、背中を優しくなでるタッチケアにより、認知症患者さんの問題行動が減少したり、慢性的な痛みに悩まされている患者さんの症状が軽減したりすることもわかってきました。 在宅医療でも、家族や看護・介護職員の献身ぶりをみていると「オキシトシンが満ち溢れているな」と感じる場面が少なくありません(笑)。 しかし、オキシトシンには負の面も存在します。 相手に対する愛情や信頼が高まれば高まるほど、相手に裏切られた時の心の傷や恨みが大きくなり、時には報復という手段を選んでしまうことがあります。また、最愛の人が亡くなったりすると強い喪失感のために何もできなくなってしまい、最悪の場合、その人の後を追うように亡くなってしまう場合があります。さらに、仲間意識が強くなるほど、そこからはみ出た人たちや価値観の異なる人たちを許せなくなり、差別や偏見、排他意識が強くなってしまうのです。 近年、コロナ禍で、家族と会う機会が少なくなったり、仕事で人と直接会って話をするのではなく、リモートワークが増えて、ファックスやメールなどの形式的なやり取りだけで済ますことが多くなり、オキシトシンの恩恵を受ける機会が減ってきています。また、逆に、ネットでのバッシングや集団による個人を標的にしたいじめ、自国第一主義を掲げる指導者が増えてくるなど、「オキシトシンの負の側面が表れているな」と感じる機会が増えてきました。 脳科学者の中野信子さんによると、人間は他の動物と比べると、一人ひとりの個体は外敵と戦う力が弱く、逃げ足も早くない、すくに捕食されるような弱い生物で、それを補うために他の人との信頼や絆を高めながら、集団や社会生活を送るようになり知恵を使って生き伸びてきました。 オキシトシンを通して、人はどう生きるべきなのか、私たちはプラスにもマイナスにも働くオキシトシンという脳内ホルモンとどう付き合っていけばいいのか考えなくてはなりません。 |
2022年5月18日(水) |
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