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 第244話 悠久の時間
投稿:院長

大正生まれのTさんが、1ヶ月の入院生活を経て我が家に退院してきました。


私達は、退院日に合わせてTさんのご自宅を訪問し、初めての診察を行いました。


Tさんは、とても穏やかに私達を迎えてくれました。その柔和な表情は、入院中に食欲が落ちて今も点滴していたとは思えないほどでした。


Tさんの部屋を見渡すと、ベッドの脇には仏壇が置かれ、亡くなったご主人の写真が飾られていました。その優しい表情は、Tさんの退院を心待ちにしているかのようです。


その光景を見た私は、なぜ自宅には不思議な魅力があるのか、最近読んだエッセイを思い出していました。以下は、エッセイ「歌よみの眼」(馬場あき子作)から抜粋したものです。


いなかに百一歳の叔母がいる。いなかは奥会津である。若い日にや山羊を飼って乳などを搾っていたので、山羊小母(めんこばんば)(以下叔母)と呼ばれている。

戦後六十年以上たって農村はまるで変わったが、家だけはまだ今も残っていて、叔母はこの家に一人で住んでいた。(中略)

ほとんどがらんどうの空間の中に平然として小さくちんまりと座っている。「さびしくないの」ときいてみると、なんともユニークな答えが返ってきた。「なあんもさびしかないよ。この家にはいっぱいご先祖様がいて、毎日守ってくださるんだ。お仏壇にはお経はあげないけれど、その日にあったことはみんな話しているよ」というわけである。

家の中はほの暗い隅々にはたくさんの祖霊が住んでいて、いまやけっこうな大家族なのだという。それはどこか怖いような夜に思えるが、長く生きてたくさんの人の死を看取ったり、一生という運命をみとどけてきた叔母にとっては温とい(ぬくとい)思い出の影がそのへんにいっぱいに漂っているようなもので、かえって安らかなのである。

私のような都会育ちのものは、どうかすると人間が持っている時間というものを忘れて、えたいのしれない時間に追いまわされてあせっているのだが、叔母の意識にある人間の時間はもっと長く、前代、前々代にさかのぼる広さがあって、そしてその時間を受け継いでいる今の時間なのだ。(中略)

村の古いなじみの家の一軒一軒にある時間、それは川の流れのようにあっさりしたものではなく、そこに生きた人間の顔や、姿や、生きた物語とともに伝えられてきたものである。(中略)

命を継ぎ、命を継ぐ、そして列伝のように語り伝えられる長い時間の中に存在するからこそ安らかなのだということを、私は長く忘れていた。(中略)

折ふしにこの叔母たちがもっている安らかな時間のことが思われる。それはもう、昔語りの域に入りそうな伝説的時間になってしまったのだろうか。


Tさんのご自宅は、このエッセイの中にあるような田舎の古い家ではなく、仙台市内のマンションですが、Tさんの仏壇のある部屋は、先祖から受け継ぎ、亡くなったご主人とともに歩んできた時を感じさせてくれます。


このエッセイには、昔語りの域に入りそうな伝説的時間とありますが、訪問診療を通してけして伝説的なものではなく、今もたくさんの家庭に息づいているように思えてなりません。


それにしても、Tさんの息子さんは、写真で微笑むご主人にそっくりでした。Tさんは息子さんを通して、長く受け継がれてきた時間を感じているのかもしれません。


私自身、「心霊を怖いと思わなくなるのはいつのことだろうか?(笑)」そんなことを感じながら、得体の知れない時間に追いかけられている毎日です。 


2021年9月24日(金)

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