第374話 別れの季節2 |
投稿:院長 |
ある日、Sさんのご自宅を訪問した時のことです。 Sさんは庭に犬を飼育されており、私たちが訪問すると吠えてくるので、いつも忍び足で玄関に出入りするようにしていました。ところが、どんなに気配を消そうとしても必ず吠えられるので、犬を苦手にしている職員はSさんのご自宅を訪問できずにいるほどでした。 実はこの犬、今年で17歳(人間に例えるなら76歳)になる老犬で、白内障で目は白く濁り、声はしわがれて力がなくなってきており、老衰が徐々に忍び寄っていたようでした。 つい2週間前に訪問した時には、私たちの存在に気付くのが遅れたのですが、Sさんに「怪しい人物が侵入してきている」ことを教えるため精一杯吠えてきたので、番犬としての役割を必死に果たそうとしているのだと感じました。 ところがこの日は、いつものように吠えてこないので、犬小屋をこっそりと覗いてみると犬はそこにはいませんでした。 Sさんに事情をお聞きすると、今月、食事が喉を通らなくなり亡くなってしまったとのことでした。Sさんにとって赤ちゃんの頃から大事に育ててきた家族のような存在で、犬との出会いから亡くなるまでの思い出を涙ながらに語ってくださいました。 高齢者を数多く診察している私は、この老犬に愛着を感じていたので、主のいなくなった犬小屋を見て寂しさが込み上げてきました。 アニメのルパン三世と銭形警部は、泥棒とそれを追う警察という宿敵同士なのですが、ルパン三世は銭形警部を「とっつぁん」と呼んでいたように、互いに親近感や尊敬の念を抱くような宿敵を超えた関係だったように思います。 ということで、私にとってこの犬は、いつの間にか銭形警部のようなちょっと厄介ではあるけれど愛さずにはいられない存在になっていました。そして、Sさんのご自宅が仙台第一高校(通称、仙台一高)の近くにあることから、私は親しみを込めて“忠犬イチ公”と勝手に呼んでいました。 ルパン三世シリーズの不朽の名作「カリオストロの城」では、ある公国の姫(クラリス)を闇の世界から救出し、彼女の人生に光を与えたルパン三世との絆が描かれますが、アニメの最後で逃亡するルパンを追いかけながら、銭形警部がクラリスに話しかけた言葉が今も心に残っています。 「ヤツはとんでもないものを盗んでいきました……あなたの心です」 なんて素敵な言葉なのでしょう! これからも、イチ公が忠誠を誓っていたSさんの“信頼を盗む”ような診療を心がけていきたいです。 |
2025年3月31日(月) |
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