第373話 白菊 |
投稿:院長 |
今回は、今は亡きTさんの思い出について振り返りたいと思います。 Tさんは、がんの転移が判明して以降、徐々に体力が低下してく中でもそれを受け入れ、最期まで自分の意思を貫き通した方です。 Hさんの願いは、今までの人生でもそうであったように、少しでも社会に貢献することです。 Tさんは、東北大学の「白菊会」の会員です。白菊会とは、自分が亡くなった後に学生の解剖実習として献体を希望する一般の方々で構成されています。解剖とはその名の通り、学生が亡くなった方の体にメスを入れて、人体の組織の成り立ちについて詳細に観察する実習で、医学生の教育カリキュラムではなくてはならない実習になっています。 ある日、Tさんは私に問いかけました。 Tさん「私のような体を献体しても皆さんのお役に立てるものでしょうか?」 私「もちろんです。病気を持っていた方の場合、それが身体にどのような影響を与えていたのか詳細を確認することができます。Hさんのような尊い意志のある方が医学生の教育が支えているのです。役に立つどころか、私たち医療にかかわる人間はTさんの志に感謝しなくてはいけません」 それを聞いたTさんは安堵したようににっこりと微笑まれ、「それはとてもよかったです」と返答されました それ以降、Tさんは亡くなった後も社会に貢献できるという希望を心の支えにして精一杯自分の人生を生き抜きました。 Tさんをお看取りする際に奥さんから相談がありました。 それは、親族が献体に反対しているというものです。献体すると十分なお別れができないままご遺体が大学に引き取られ、数年間は家族のもとに戻らず、きちんと供養ができないというのがその理由でした。 私は、親族の方々にTさんが社会に貢献したいという強い遺志と、それを心の支えにここまで過ごしてきたことをお伝えし、大学への引き取りを数日間待っていただいて、最後は献体の了解をいただきました。 奥さんから感謝の言葉をいただいた時には、Tさんの最後の希望が叶えられようとしていることに安堵しました。 先日、東北大学医学部の学生が、当院で実習をした時のことです。 この日は、白菊会の会員であるOさんのご自宅を一緒の訪問することになりました。 学生は、Oさんが一人暮らしで体が不自由になりながらも、明るい表情で生活していることに感銘を受けたようでした。そして、これから医師になろうとする医学生の学業が、Oさんのような方々に支えられていることに対して学生と一緒にOさんに感謝の言葉を伝えました。 その言葉を聞いたOさんは、少しはにかみながらとても嬉しそうでした。その表情にあの時のTさんの表情が重なりました。 私が知っている白菊会の会員の方々は、たとえ幾多の苦難があっても悲壮感のようなものを表に出さず、一様に穏やかで爽やかな雰囲気を醸し出している理由がなんとなくわかった気がしました。 私の故郷、長岡市で8月に開催される長岡花火の冒頭に、戦争や震災でお亡くなりになった方々への慰霊の気持ちを込めて、3発の純白な大輪の尺玉花火「白菊」が打ち上げられます。 それは、Tさんが次世代に託した希望の光のように思えてなりません。 |
2025年3月19日(水) |
<< 第372話 別れの季節 2025.3.7 |
第374話 別れの季節2 >> 2025.3.31 |
はじめのページに戻る |