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 第336話 Tさんと小澤征爾さん
投稿:院長

先日、お亡くなりになった指揮者の小澤征爾さんの個人的な想い出を振り返っています。

私が小学生の頃、音楽室の壁には、ベートーベンやモーツァルトなどの歴代の世界の名だたる音楽家の肖像画と一緒に、まだ若かった小澤さんの写真が飾られていました(日本人では滝廉太郎さん、山田耕筰さんの3人)。

その当時、小澤さんはまだ小学生の自分とって別世界の偉人だったのですが、長髪を振りかざして鬼気迫るような表情で指揮をする小澤さんの表情がとても印象に残っています。

そして、20021月のウイーンフィルハーモニー交響楽団のニューイヤーコンサートで日本人として初めて指揮する小澤さんのことが話題となり、小澤さんが世界最高峰の交響楽団を指揮する姿を見る機会に恵まれました。

ウイーンにゆかりのあるヨハン・シュトラウスが残した数々の名曲を全身で情熱的に指揮したかと思えば、柔らかな表情で演奏した楽団員を称え、聴衆の拍手に応える小澤さんの姿がとてもかっこよく、日本人としてとても誇らしい気分になりました。

先日、患者Tさんのご自宅を訪問した時のことです。

Tさんは、絵画や音楽などの芸術や自然をこよなく愛してきた方ですが、作家の井上靖さんと学生時代の同級生で、小澤さんとも同年になることをTさんのご家族が教えて下さいました。そして、後で調べてみると、亡くなった私の父とも同年なのです。

実は、井上靖さんは、小澤さんが20代の頃にヨーロッパで武者修行していた頃に知り合い、弱気になって帰国することを告げた小澤さんに対して「自分の書いた小説は翻訳を介さないとわかってもらえないが、指揮は通訳なしでお客さんにその場でわかってもらえるじゃないか。絶対にこっち(海外)でやるべきだ」と励まし、海外での活動を後押しした人物なのです。

そして、小澤さんがNHK交響楽団から信条の行き違いから演奏を拒否された時、井上さんは、三島由紀夫さん、大江健三郎さんといった日本を代表する作家らと「小澤征爾の音楽を聴く会」を結成し、小澤さんの音楽活動を強力に支援したのでした。

その後、小澤さんは、圧倒的な音楽への情熱と、誰とでも分け隔てなく友好的に付き合える類まれな才能とたゆまない努力で、世界の舞台で活躍することになりました。

小澤さんの偉大さは、クラッシックにとどまらず、あらゆるジャンルの音楽に対して強い関心と情熱を注いだことです。医師に例えるならまさに総合診療の第一人者。

先日、小澤さんの追悼番組が放送され、久しぶりに2002年のウイーンフィルハーモニー交響楽団のニューイヤーコンサートを視聴した時のことです。

観客席には、同年の井上靖さんと私の父が並んで素晴らしい演奏に聴き入り、それをTさんがテレビで微笑みながら見つめる様子が目に浮かんできました。

今まで別世界にいた小澤さんが、Tさんを介してとても身近に感じることができた至福の時でした。

Tさん、本当にありがとうございました!


2024年2月20日(火)

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